2005-03-01から1ヶ月間の記事一覧

仕事も信心も逃げるな

この日、私は23歳。ちょうど現在のヤング男子部の諸君と同じ世代である。 恩師が、固く、深く、青年を信じてくださったように、私も青年の勝利を信じる。 21世紀の広宣流布の全権は、諸君の双肩にかかっているからだ。 ゆえに青年よ! 一日一日がすべて、一…

師子王の如く正義を叫べ

妙法こそ、諸経のなかの比類なき「師子王」である。「師子王」である妙法を持(たも)つ私どもは、次から次へと襲いかかってくる、現実の荒れ狂った「百獣」の姿にも、一つも恐れる必要はないし、いささかも動ずることもないのである。 更にいえば、真摯(し…

カルロス・シマ理事長(ペルー)

その我が門下の門出に、私はつたないが真心の一首を贈った。 「いつの日か 君を讃えん 時ありと 今日のペルーに 命をささげば」 ――“明日”ではない、“今日”である。今日という日に命をささげてペルーの友のために戦おうと。そうすれば、いつの日か君を讃える…

声は生命

“自身の思(おもい)を声にあらはす事ありされば意(こころ)が声とあらはる意は心法声は色法心より色をあらはす”(469頁) 声は生命である。人の心の琴線にふれるような話をする人がいる。それは、言葉以外に、多くの薀蓄(うんちく)のある思想があるから…

絢爛たる歴史を綴れ

秋谷会長を中心に、このように若き青年が集い、諸君と共に「青年世紀の年」第2年を生き生きと迎えることができ、私は本当に嬉しい。 私はすでに、諸君を信じ、諸君に頼み、諸君に広宣流布と学会の未来を託す以外にない年齢である。ゆえに私は、本年も全力を…

紙一枚無駄にするな

伸一は、開館式の前夜、地元の幹部と、会館をくまなく見て回った。納戸(なんど)も開けて、点検しながら、整理整頓の大切さを語った。 「細かいことまでチェックしているようで申し訳ないが、実は小事が大事なんです。火事や事故というのは、すべて小さなこ…

“生きた言葉”の交流を

“魂なき情報”が、いわば洪水のごとく流されているのが現代社会である。そうであればあるほど、肉声による“生きた言葉”の交流が、どれほど社会を健全に支えていくか。私どもの「座談会」の意義の一つもそこにある。 【江東・墨田・荒川区青年部各部合同の集い…

土籠御書

法華経を余人のよみ候は口ばかり・ことばばかりは・よめども心はよまず・心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ(1213頁) 【文永8年10月 50歳御作 与日朗】 佐渡流罪と時を同じくして、囚(とら)われの身となった弟子もいた。受…

四条金吾殿御返事

此の法門につきし人あまた候いしかども・をほやけ(公)わたくし(私)の大難・度度重なり候いしかば一年・二年こそつき候いしが後後には皆或はをち或はかへり矢をいる、或は身はをちねども心をち或は心は・をちねども身はをちぬ。(1180頁) 【弘安元年9月1…

四条金吾釈迦仏供養事

日蓮をたすけんと志す人人・少少ありといへども或は心ざしうすし・或は心ざしは・あつけれども身がうご(合期)せず(1149頁) 【建治2年7月15日 55歳御作】 様々な姿の弟子がいる。志は厚くても実践なき弟子を口舌の徒と名づく。大聖人の厳しき瞳には、四条…

人生の喜び

人生や生活には様々な喜びがあろう。ラーメンを食べて「ああ、おいしい」(笑い)と思うのも喜びだし、また、恋人とのデートがこのうえない喜びの瞬間だと(大笑い)感じる人もいよう。更に、職場の役職が上がった、立派な家を建てた等々、それなりの喜びが…

「日禅授与本尊の模写」は日顕の持論(下)

【『フェイク』第588号 2005-03-24】 《「日禅授与本尊の模写」は日顕の持論(上)の続き》 「慧妙」に非難され窮地に立つ日顕 大御本尊を鑑定できたのは当時の教学部長だ 「天に向かって唾(つばき)す」の譬え通り、ドジ新聞「慧妙」が「大御本尊は日禅授…

宗門も「罰」と認識していた

日恭が焼死した時、当時の宗門は仏罰と明言した。 焼死した日恭法主の後を受け、一時、管長代務者をつとめた能化の中島日彰が大火からわずか3ヶ月後に、東京・妙光寺で語った話の最後で、 「金口嫡々の法主上人が此くの如き御最後を御遂げになったと云ふこと…

広宣流布の総仕上げは壮年の手で

最近、非常に痛ましい飛行機の墜落事故が続いております。亡くなった方々は本当にお気の毒であり、私はいつも題目を送っております。専門家によりますと、飛行機事故の70%は着陸の際の事故であるといいます。 恩師が会長になられてから今日まで約15年たって…

「日禅授与本尊の模写」は日顕の持論(上)

【『フェイク』第587号 2005-03-23】 「慧妙」が日顕を「莫迦者」と罵倒 大御本尊を鑑定した日顕は「上慢・不敬坊主」 日顕宗のドジ新聞「慧妙」(3月16日付)が日顕の「大御本尊偽物発言」を蒸し返して、またも墓穴を掘っている。同紙は「大御本尊は日禅授…

厳しき現実に勝て

現実は常に厳しい。ある場合は、両親の面倒をみなければならない。また、妻子を抱えて社会の荒波を生きていかねばならない場合もあろう。それは、きれいごとを言って済むようなものではない。“今日を、明日を、どうするのか”というような熾烈(しれつ)な日…

持妙法華問答抄

譬えば高き岸の下に人ありて登ることあたはざらんに又岸の上に人ありて縄をおろして此の縄にとりつかば我れ岸の上に引き登さんと云はんに引く人の力を疑い縄の弱からん事をあやぶみて手を納めて是をとらざらんが如し争か岸の上に登る事をうべき、若し其の詞…

月刊ペン事件名誉毀損罪で当時最高額の罰金刑

裁判史上で最も悪辣異例のデマ事件 デマによる謀略の共通点 1. 学会が発展する時期を狙う 2. 騒ぐのは同じ顔ぶれ(日顕一派 山崎正友) 3. 正体を暴かれ裁判でも断罪 原田●前回、語り合ったように、学会は本年も、全ての裁判で完全勝利だ。デマとウソによる…

広布の全責任を担って立て

「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」――これこそ、戸田先生の永遠の叫びであったし、今も変わらぬ万国共通の法則である。 新しき世紀――21世紀の幕開けは近い。ゆえに私には、諸君こそ最も大切な存在であり、諸君に後事の一切を託し、お願いするし…

知識と知恵

知識は、単に頭の中で描いた概念に属するものである。ポンプであれば、現実に水をくみ上げるポンプそのものではなく、その概念・設計図に当たる。それに対し知恵は、いかに現実に水をくみ上げ、活用していくかということに通ずる。人間の感情や実感、更には…

ボケやすいタイプとボケにくいタイプ

ドクター部による視点 ボケやすいタイプ 1. 自分中心性が強く、頑迷で人の意見など耳を傾けようとしない人。 2. 神経質で、いつもイライラ。気短(きみじか)で、自分の意にそわないと怒鳴ったりする人。 3. 趣味ももたず、遊びの余裕もなく、仕事一徹できた…

同志を見舞う

昨日、上京してから一緒に戦い続けてきた同志を見舞う。交通事故で、頚椎(けいつい)骨折。一命は取り留めたものの、大きな障害が残ったと既に聞いていた。リハビリに挑むも、掌(てのひら)が全く動かず、車椅子を動かすのがやっとという状況。年齢は私と…

広布最前線で責任を果たせ

戸田先生が第二代会長に就任された昭和26年5月――。当時、23歳の私は、蒲田支部の大森地区委員の任命を受けた。現在でいえば地区部長の立場にあたる。 私も、本日参加の皆さま方と同じように、地区、支部の第一線の役職を務めてきた。戸田先生は、将来のため…

相対的幸福

確かに、何十年か前に比べれば、日本ははるかに裕福となった。しかし、それで国民は本当に幸せとなっただろうか。 おいしい物を食べる。それは幸せかもしれない。だが、それで糖尿病になってしまえば(笑い)、かえって不幸である。たとえ、健康であったとし…

深夜の電話

私どもはどこまでも「常識豊かに」進まねばならない。 しかし、ある場合には、幹部である私どもを頼って緊急の電話が夜遅く入ることもあるにちがいない。本人にとっては切実な相談かもしれない。その指導いかんで人生の明暗が分かれてしまう場合すらある。 …

東京革命へ 大勝利の船出

わが不屈の 江東の友に贈る 一冊の御書が ここに ある それは 牧口初代会長が 常に 拝された御書である その御書を 開けば 「開目抄」の一節に 先生の自筆で 強く 朱線が引かれている それは 「我並びに我が弟子 諸難ありとも 疑う心なくば 自然に仏界にいた…

平凡な生活の現実に信仰の証が

お一人お一人が大切な一生である。かけがえのない使命の人生である。非常識や、つまらない不注意で、自身も周囲も不幸に巻き込むようなことが決してあってはならないと、重ねて申し上げておきたい。 「無事故」「健康」「安穏」――この最も平凡に見える生活の…

“市民派”は口先だけ

“市民派”の実態 萩本●第2総東京の多摩地域は、市民の入れ替わりが激しい。小金井市は、とくに、その傾向が強い。 萩谷●「一年に市民の1割が移転する」とも言われる。 今鷹●大変な数字ですね。 萩谷●地方選と地方選の間の4年間で、有権者も大きく変わる。 萩…

報恩抄

【293-329頁】 背景 建治2年(1276)7月21日 55歳御作 与浄顕坊、義浄坊 於身延 真蹟:身延にあったが、明治8年の火災で焼失。 断簡27行 【下の方にある】 安房国(あわのくに)の清澄寺で学んだ際の師匠・道善房が死去(3月16日)。その知らせを受けて、報恩…

自分一個のために信仰している人に、魔は起こらない

学会は、これまで諸難にあい、ことごとく乗り越えてきた。そこに真の大聖人門下の証も栄光もある。 牧口先生は、常々「悪人の敵となりうる勇者でなければ、善人の友となりえぬ」と言われていた。悪と戦う勇気がなければ、自分もまた悪に通じてしまう。 更に…