2005-10-01から1ヶ月間の記事一覧

正しき信仰で生命の花を咲かせよ

人生には様々な花がある。「富」の花や、「名声」の花に酔い痴れる人も多い。「権勢」の花や、「安逸」の花に溺れる人も少なくない。しかし、それらの花は無常の移ろいを免れることはできない。また、自己満足の閉ざされた喜びで消え去ってしまう場合も多い…

金銭貸借、共同事業は厳禁

第四に金銭問題ですが、“金銭にみだらな人で強信者は一人もいない”ということを知っていただきたいのです。本部で厳しく禁じているにも関わらず、学会員同士で共同事業を行なうとか、信心を利用して同志からお金を借りるとか、そういう幹部がいるとすれば、…

陰の人を見逃すな

昭和30年(1955年)のことである。10月2日、私は戸田先生とともに、埼玉の「第4回志木支部総会」に出席した。小雨の降る中、3400人の方々が集われた。 私はこの支部総会の終了後、ある地区の座談会に足を運んだ。疲れてはいたが、一日一日、自分の力を発揮し…

御書講義は学会の重要行事

この一般講義は、創価学会にとっても非常に重要な行事でありますので、本部の教学部で、全部、状況報告を受けることにいたします。講師が惰性に流されているようなところは、どんどん交代するとか、本部としてもこの半年間は、教学の筋金を入れるよう、力を…

地域と職場で信頼を勝ち取れ

第二にお願いしたいのは、隣近所を大事にしていっていただきたいことです。もはや今日は、創価学会即社会であり、何も学会だけが特別な社会ではない。信心している家庭と、そうでない家庭との間に、決して断絶をつくってはなりません。人間の心は微妙です。…

指導とは「生命の調整」

テレビでも映像が揺れる時があるでしょう。その時には、やはり調整が必要です。何でも同じ方程式です。信心においても、間違いを指摘し、大聖人の仰せ通りの実践、功徳の出るような信心をさせてゆく。これが学会の指導です。テレビの映像が揺れたり、ラジオ…

通牒(6月25日付)について

法華講のいう「通牒」に関して、別の観点から切っていく。 「慧妙」や『フライデー』(講談社)などで騒いでいる「創作されたストーリー」はこうである。 昭和18年6月に牧口会長以下、創価教育学会幹部が登山し、鈴木日恭上人同席のもと、神札を一応受けるよ…

庶民と共に歩む指導者たれ

革命の法理について一言申し上げておきたい。それは、真実の革命とは全ての虚栄や肩書をかなぐり捨てて、大地、庶民に根差したものでなければならないということであります。一切の草木は、全て大地に根を生やして生育しています。大地とは庶民のことであり…

晩節を汚すな

近頃、「晩節を汚(けが)す」という言葉が頭から離れない。どんなに功成り名を遂げた人であっても、不遇の晩年を過ごす人は多い。まして、晩節を汚すようなことがあれば、九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)にかくことになろう。 地涌の陣列に身を置く…

題目の人こそ真の弟子

学会がこれだけ大きくなると、一人ひとりにお会いすることは不可能に近い。だが、この私の心を知って、日夜題目を唱え、王仏冥合のために戦っている人は、既に私と会っているのと同じであります。同志とは同じ志(こころ)に立つということであります。その…

『フライデー』のニセ文書報道を破す(下)

【『フェイク』第634号 2005-10-23】 軍部権力に媚び諂った日蓮正宗 戦争賛美、神札受容、御書要文の削除 「本日米國及英國に對シ畏(かしこ)クモ宣戰ノ大詔煥發(かんぱつ)アラセラレ洵(まこと)ニ恐懼(きょうく)感激ニ堪(た)エズ(中略)幸ヒ帝國ハ…

後輩の義母が逝去

10月20日、後輩の義母が逝去。昨日、弔問にゆく。神々(こうごう)しいまでの、見事な成仏の相であった。顔を近づけると、うっすらと滲んだ汗が金色(こんじき)の光を放っていた。少しだけ開かれた瞳が子供たちの行く末を見つめ、くっきりと笑みを湛(たた…

中元、歳暮の類いは一切禁止

細かい注意になりますが、7月はお中元の月です。学会は信心のこと以外は一切、自由ですから、一般世間の風潮としてお中元を行うことは当然よろしいでしょう。ただし、創価学会内で、幹部にお中元をすることは厳禁しております。信心を利用して会員から物をも…

『フライデー』のニセ文書報道を破す(中)

【『フェイク』第633号 2005-10-22】 殉難の学会史に脈打つ反戦思想 柳田国男氏が証言「牧口氏は戦争反対・平和論者」 日顕宗に唆されて学会批判記事を掲載した『フライデー』(11月4日号)は、仰々(ぎょうぎょう)しい見出しをつけている。「韓国でも騒然…

『フライデー』のニセ文書報道を破す(上)

【『フェイク』第632号 2005-10-21】 「通諜」は戦後、法華講員が捏造 謗法容認の宗門、反戦・平和を貫いた学会 写真週刊誌『フライデー』(11月4日号)が、謀略文書「通諜」(正しくは「通牒」)について報道している。その狙いは反戦・平和主義、謗法厳戒…

昔は教授の再試験があった

最初に、本年度の最大の行事である教学試験について申し上げます。衆院選も非常に近い様子なので、教授だけ予定を繰り上げて昨日、試験を行ないました。私と教学部長と相談して、教授会の前に試験問題を作成して臨みました。この試験には、全部で481名の教授…

教学について

戸田先生の出獄以来、教学と座談会が学会の伝統となっている。戦後の焼け野原に一人立たれた戸田先生は、多くの幹部が、戦時中の官憲による弾圧に屈したのは教学がなかったからだとされ、出獄から半年後の昭和21年(1946年)1月1日、総本山にて法華経講義を…

同信退転の屍を乗り越えて進め

諸君はこれからも、同信退転の人々の屍(しかばね)を乗り越えて進む時もあるかもしれない。多数の人が様々な戦いや事件によって退転することもあるかもしれない。先輩が疲れて、不純になって前進の障害になることもあるかもしれない。長い長い広宣流布の旅…

諸君こそ学会の跡継ぎ

この高等部の最高幹部の会合において、高等部の諸君のために、将来の指針として何点かの指導を申し上げます。 第一番目に、諸君は日蓮大聖人の真の子供であり、我が創価学会の跡継ぎであります。その誇りを絶対忘れないで、前進していっていただきたい。私も…

『焼身』宮内勝典

ベトナム戦争の際、抗議の焼身自殺をした僧侶の真実を探し求める旅。 あまり面白くなかった(笑)。それでも、読み終えることができたのは、世界市民だとか、「地より湧きだしてくる」とか、法華経とか、南無妙法蓮華経が出てきたから(笑)。 ただ、ラスト…

苦難こそ福運の本因

私も、19歳の時に戸田前会長の弟子となり、おそばにお仕(つか)えする立場となりました。当時、私は身体が悪かった。今みたいに多数の青年はいなかった。実際は数人であったかもしれない。そして、随分苦しい仕事もあった。事業も大変であるし、学会もそれ…

教学こそ信心向上の推進力

高等部員でまだ教学部員でない人は、教学部員になるために努力し、特に高等部の幹部は助教授、教授補となり、教授になるまでしっかり勉強していただきたい。それがまた、学校の勉強をしてゆく推進力になるのです。御書を勉強したから、学校の勉強が遅れたと…

負けた時に勝つ原因をつくる

私は、戸田会長がどうしても広宣流布をしなくてはならないという強い強い決心であられたことは、よく知っております。しかし、敵は多勢、味方は無勢でありました。敵はあらゆる権力と財力と陰謀・策略をもって、創価学会にかかってまいりました。学会は信心…

広布功労は折伏の実践者に

尚、トントン拍子で理事になったり、議員になったりした人がいます。やはり、折伏をし抜いてきた人と、折伏をしないできた人は、必ず後で大きな差がついております。折伏をしないでトントン拍子にきた人は、メッキみたいなところがあります。折伏をし抜いて…

高等部こそ学会の本命

今日まで、青年部の出身者が、創価学会の支えであり、推進力でありました。次に学生部の出身者が、やはり青年部の支えであり、推進力となってまいりました。しかし、これからは高等部出身の人が、王仏冥合の総仕上げへ前進をする時であると私は確信しており…

学会に“保守”なし

次に、攻めるということは最も強い、ということを申し上げたい。内容の是非はともかくとして、ベトナムの戦いについていうならば、あれだけのアメリカの大軍を向こうにまわして、執拗(しつよう)に日夜戦闘を展開しているあのベトコンの力、民族を解放しよ…

変革の世界史的意味

わが国の古代国家の成立は、朝鮮半島における諸勢力の消長、中国大陸における王朝の強い影響のもとに行なわれたことは、第1巻や第3巻で明らかにされた。またのちの明治維新が、欧米の強い「外圧」のもとに行なわれたことも改めて指摘するまでもないであろう…

会館が“権威の城”と化せば売却せよ

御本尊の功徳により、私も働き、そして、皆さん方の力により、日本全国に百数十ヶ所の本部・会館を設置することができましたことをご報告申し上げます。これからも、それ以上につくる予定で働いてまいります。 ここで第四代、第五代会長の時代、すなわち学会…

変革の時代

それは単に、政権が宮廷貴族の手から武士の手に移り、社会経済体制が根本的に変化したというだけでなく、国家社会の全体にわたる社会秩序の変化、さらに人間の意識の変更をも意味するものであった。すなわち、文化・思想の面でも、その内容のうえにおいても…

1990年

尚、もしも戸田会長の33回忌、すなわち昭和65年(1990年)になって、広宣流布が達成できない場合は、あと10年で20世紀が終わり、21世紀に入ります。その時には、男子部、高等部、並びに中等部、少年部の人たちに、西暦2000年を期して、または10年前の西暦199…