2006-05-01から1ヶ月間の記事一覧

洗足池

大聖人が池上邸に向かう途中で、足を洗ったことから、この名前がついたとされる。場所はこちら。

増上慢の幹部を許すな

増上慢や我見は、人々から嫌われる。その言々句々は、誰からも納得されず、皆が嫌な思いをする。 尊き同志や後輩を、幹部面して手下のように見下すことは、邪道中の邪道である。 初代の牧口会長は常々「下から上を動かせ」と教えられた。 その下からの真剣な…

「TVタックル」

昨夜、「TVタックル」で公明党の特集を行っていた。出演したのは坂口さんと高木陽一の二人。ま、政治的偏向が顕著なテレビ朝日の番組だから、さほど期待はしてなかった(笑)。政治評論家の三宅久之が、竹入バッシングを指摘した程度で、批判のトーンは低か…

「礼拝」の読み

仏教では「らいはい」、キリスト教では「れいはい」と読む。学会の墓苑にあるのは「らいはいどう」である。お間違えのないように。

狸祭り事件

今日の会合が、いかに重要であったかは、今までのお話でよくおわかりのことと思う。創価学会の目的は、日蓮大聖人様のお言葉を虚妄(こもう)にしないことである。 戸田先生は、仏敵たる悪侶をきちんと退治し、その結果が登山停止となった。ここに大難が現れ…

自分自身が妙法の当体

それでは、教えよう。最後の一問を教えます。自分自身が南無妙法蓮華経で生きているということです。それ以外に折伏はないのです。覚えましたか。手練手管も方法もなにもありません。ただただ、おれは南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めることを、末法…

時の符号

竜の口の法難・佐渡流罪(1271年)から、ちょうど600年後に新潟県で牧口先生が生れた(1871年/明治4年)。700年後に創価大学が創立(1971年)。熱原の法難から、ちょうど700年後に、先生の会長勇退。時のしからしむるのみ。

1万1111世帯

28歳の池田先生が指揮を執った大阪では、わずか1ヶ月間で折伏の金字塔を打ち立てた。意外と知られてないが、この時(昭和31年5月)の学会全体の本尊流布数は2万9873世帯。実に、一支部で37%以上の結果を出している。

師亡き後に反逆する者を断固、粉砕せよ

今、会長先生が亡くなって、宗門の中にも、または創価学会の中にも、いわんや外敵においては会長先生が亡くなったことを喜び、または安堵の胸を撫でおろし、または反逆の心を起こし、蠢動(しゅんどう)するような者があったならば、これ広宣流布を乱してゆ…

『お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい』向野幾世

ごめんなさいね おかあさん ごめんなさいね おかあさん ぼくが生まれて ごめんなさい ぼくを背負う かあさんの 細いうなじに ぼくはいう ぼくさえ 生まれなかったら かあさんの しらがもなかったろうね 大きくなった このぼくを 背負って歩く 悲しさも 「か…

佐々木蔵之助

簡単に理解できる“狭い範疇(はんちゅう)”だけで仕事を続けても、深みや広がりは決して出てこない。役柄を妥協なく掘り下げ、探求していく作業が面白いんでしょうね。 【芸能 > インタビュー/聖教新聞 2006-05-22付】 プロフィール

会員のためなら死さえ厭わず

――私は、たとえ刺されようと、撃たれようと、広布のため、会員の方々のためなら「死」さえ厭(いと)わない決意できた。少々の批判などに動ずるはずもない。皆さま方のためには、“屋根”にもなろうと、我が心に誓ったままに進んでいくのみである。 ともあれ私…

サプライズ人事

ブックオフコーポレーションの社長人事が注目を浴びている。就任したのは橋本真由美常務(57歳)。タレント・清水國明氏の姉である。 短大卒業後3年間、栄養士として病院に勤め、その後は17年間、専業主婦をしていた橋本さん。平成2年、一念発起し神奈川県に…

「弟子としての道」

私どもは戸田会長先生の弟子でございます。弟子なれば、弟子としての道がございます。弟子なれば、弟子としてお仕えする道がございます。弟子なれば、弟子として大法戦に向う大闘争を展開する決意に燃えていく自覚がなくてはなりません。 今や、戒壇建立の道…

第2総東京代表協議会

1979年(昭和54年)の4月24日。私は会長を辞任した。 当時は、狂ったように障魔が吹き荒れた。 それは、私を陥れようと、邪宗門と結託した退転者、反逆者たちの陰謀であった。私一人を追い落とせば、学会を牛耳ることができるとの、卑劣な謀略であった。 名…

余は二十七年なり

聖人御難事に「余は二十七年なり」(1189頁)とある。大聖人が初めて南無妙法蓮華経と唱えられてから、27年目に出世の本懐を遂げたことを示す御文である。 そこで、「27年」に関する豆知識を―― 牧口先生と戸田先生が会われたのが1920年(大正9年)の春。27年…

光掲げん 先覚の子は

荒猛(あれすさ)ぶ 廣野(こうや)に一人 決然と 光掲げん 先覚の子は 【1950-09-23(昭和25年)】 「創価の魂」で紹介した歌の二日後に詠まれている。「法華経を信ずる人は冬のごとし」(1253頁)という状況下で、師弟の絆は深められ、完全に不二となった…

青年ゴシップ1級

御書も読まないで、週刊誌にウツツを抜かしてるのがいるよ。「青年ゴシップ1級」と名づけておこう。 ここ数日、やけにアクセス数が多いと思っていたが、やっとその理由が判ったよ(笑)。 久遠を悟るを身不動揺と云うなり(792頁)

三代会長と同い年の人々

牧口先生 1871年(明治4年)6月6日生まれ 4月20日 日本で初めての切手発行。東京〜大阪間で郵便制度が開始。 新貨幣制度が制定された。1両が1円に。 7月14日 廃藩置県。藩による封建制が消滅。 8月9日 断髪令。「士農工商四民の断髪勝手たるべき事」という太…

官僚主義は信心の敗北

私も会長に就任して、来年は10年目を迎えようとしている。諸君への一切の訓練は終わったつもりです。諸君も“卒業した”という自覚に立って、今後の戦いに臨んでいただきたい。 10年といえば、中学3年間、高校3年間、そして大学4年間の合計10年と同じである。…

『「緑の革命」と「心の革命」』

スワミナサン対談『「緑の革命」と「心の革命」』の書評を村尾行一氏が書いていた。 スワミナサン氏は、アメリカ史上初めて本土が、しかも中枢が多発的に攻撃された「9.11」の出来事は国家の暴力に新しい正当性を与えてしまった、という。そうだ。暴力はテロ…

年齢一覧表

8歳 竜女、成仏。 12歳 大聖人、清澄寺へ入らる。 15歳 伝教大師、出家。 橋本左内、『啓発録』を著す。 16歳 大聖人、出家。 天草四郎、島原の乱にて、3万7000人の一揆軍の指揮を執る。翌年、討死。 ホセ・マルティ、投獄される。後にスペインへ追放。 17歳…

宗教革命は、前代未聞の偉大な誇り高い革命

古来、数千年の人類の歴史における全ての革命は、苦難に耐えつつ、勇断をもって勝ち取ってきたが、魔との戦いを敢行したものは一つもない。したがって、流血の悲惨を生み、同胞の殺戮(さつりく)を伴い、また、革命が成就した後の社会も、“夢に見た社会”と…

会長利用

(ある幹部が、地元の班担に激励の言葉をお願いしたところ) 私はそういうことは大嫌いだ。それは会長利用じゃないか。私を利用して、みんなにやらせようというその根性がいけない。激励はあなたがしなさい。 【『前進』1966-10月号】 微妙な一念を鋭く破折…

納得の指導で主体性を伸ばすのが仏法民主主義

創価学会は義務感で出来てきた団体では絶対にない。生きがいを求める人々によって生まれた世界である。各人の生きがい、主体性、積極的な活動を最も大切にするのが、創価学会本来の姿なのです。 したがって、幹部の命令主義、権威主義、無神経、傲慢な言葉づ…

家庭指導の成果

Tさんのお宅に初めて上がる。3年かかった。御安置も問題なし。知識の豊富な方なので、教学に取り組むよう促す。

大勝負は盤上の際のほうから始まる

インド独立の父・ガンジーは、どんな地域へも勇んで足を運び、少人数の集いを最大に重視した。 アメリカの公民権運動の父・キング博士も、小単位の集会を基軸に勝利の波動を広げた。 かつて、ある名棋士が語った一言が忘れられない。 「大勝負は中央から始ま…

師は嵐の中で座談会を駆け巡った

それは、昭和54年の3月15日の夜のことである。第一次宗門事件の嵐の渦中、私が第三代会長を辞任する1ヶ月ほど前であった。 私は、東京の府中の大ブロック(大B)座談会に駆けつけた。現在の地区座談会だ。 この3日前、中野区で大B協議会に出席した私は、「今…

万全の呼吸合わせで座談会に臨め

戸田先生は、座談会を最大に大事になされた。 事前の打ち合わせも、まことに綿密であった。 「司会」を誰にするか。 「内容」をどうするか。 一つひとつを、決しておろそかにされなかった。 そして「私がこう話すから、あなたはこのように話してあげなさい」…

座談会は“心のオアシス”

座談会には、皆、多忙のところ、また疲れたなか、来てくださる。 であるがゆえに、そこには、真心からの「励まし」が必要であり、「癒し」がなければならない。 誰もが「来てよかった」と納得し、満足できる“心のオアシス”としていくことだ。 法華経の普賢品…