ブッダ

四姓平等

このように「武士」「庶民」「奴隷」の上に絶対的権力をふるうこのカーストの最上位階級、バラモン(婆羅門)というのは、中央アジアにおいて極めて少数であったこの「白色人種(アーリヤン)」は、圧倒的多数の「黄色人種」や「黒色人種」の先住民と混血し…

ブッダもイエスも宗教改革者

ブッダもイエスも宗教改革者だった。ブッダは旧来のバラモン教を否定し、イエスもユダヤ教を否定して、それぞれ新しい教えを説いた。彼らの教えが後に仏教やキリスト教といった世界宗教に発展したわけだが、二人ともその本質は宗教改革者だったのである。そ…

ブッダは「修行する仲間」の一人であった

釈尊には生涯を通して、自分が修行者の集まりのリーダーであるとか、帰依者たちの師であるとかの気持ちがなく、また、そのような態度で話すこともありませんでした。つねに自分は修行する仲間の一人という気持ちを持ち続けました。 【『人間ブッダ』田上太秀…

勝利からは怨みが起る

201 勝利からは怨みが起る。敗れた人は苦しんで臥す。勝敗を捨てて、安らぎに帰した人は、安らかに臥す(ダンマパダ) 師匠が「仏法は勝負」と言われているのに、なぜそれを否定するのか?

佛とは人非人の意

こうした姿勢をもっともよく表すことばに「捨」(しゃ/ウペッカー、ウペークシャー)というものがあります。「無関心」という意味です。したがって、それは、「非人情」ということでもあるのです。釈迦はいいます。親や妻や子や朋友になずむな、と。 「仏」…

提婆達多の真実

通説によれば、釈迦を殺そうとした悪人デーヴァダッタは、最後には、生きながら火焔に包まれて、「無間地獄」へ落ちて行ったとされていますが、釈迦の没後900年頃、経典を求めてインドにおもむいた法顕(340?-420?)が、その見聞録(『法顕伝』)の中で、調…

本来の仏教をどこで捉えるか

もっとも、本来の仏教といっても、それをどこで捉えるかはなかなかに困難な課題である。私はむしろ釈尊やその人より、大乗仏教の言説の中に深い宗教体験と真実とを見たいと思っており、このことは従来しばしば述べてきたところである。決して釈尊に帰れとい…

犀の角のように歩め

林の中で、縛られていない鹿が食物を求めて欲するところに赴くように、聡明な人は独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。 【『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳(岩波文庫、1958年)】 中村元

諸々の従属の中に大きな危険がある

752 従属することない人はたじろがない。しかし従属することのある人は、この状態からあの状態へと執着していて、輪廻を超えることがない。 753 「諸々の従属の中に大きな危険がある」と、この禍いを知って、修行僧は従属することなく、執着することなく、よ…

ブッダは祈祷や呪文を説いていない

火を崇拝すると厄除けになるといわれるが、本文中に書いているように、釈尊が拝火教のカッサバ兄弟を帰依させた事例は、火を崇拝することの無意味を理解させるためであった。つまり火を崇拝すれば厄除けできるなら、火を取り扱う職業の人は毎日厄除けしてい…

師(ブッダ)は人々が目を瞑る漆黒の夜に目を開いた

人間の暗い夜の面に背を向けたり、目を瞑(つぶ)ったりしては、その暗黒から立ち上がる瞬間の人間の偉大さは分かりません。挫折の深さを知らない人は、勝利の歓びも分かりません。南京大虐殺やアウシュヴィッツのような、「人はここまで残酷なことが出来る…

思想の一般化と梵天勧請

思想は一面で単純化されることを嫌う。思想のいのちは、概念をモザイクのように組み換える点にあるのでなく、思想家が彼の生の中でそれを組み換えることを促された、そのプロセスにあるからだ。しかし、思想はもう一面で、概念的な単純化の作業をこうむらな…

種脱相対

因果の否定 種脱相対とはブッダの悟りを否定したものではない。ブッダと日蓮の悟りに違いがあるなら、真理が二つ存在することになってしまう。すなわち種脱相対とは、教団の政治性や運動性によって教条化、形式化する思考・意識・心理を相対化しているのだろ…

釈尊が十二支縁起説を悟ったというのは学問ではない

三枝充悳〈さいぐさ・みつよし〉氏による批判

唱題行と悟りについて

やはり何かを感じたら、直ぐに書かないといけませんな。数ヶ月前に読んだテキストだが、温めようと思いながらも結果的に冷めてしまった(笑)。 日蓮は建長5年に唱題行という新しい修行方法を人々に勧め始めたということは、確実であろうが、その唱題行にど…

世尊の語源

「幸あるお方」(bhagavat)は、仏教の開祖ゴータマ・ブッダの尊称でもありました。漢訳では、ふつう「世尊」とされます。 【『インドの「二元論哲学」を読む イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』』宮元啓一(春秋社、2008年)】

大乗仏教の逸脱

これは、この間、最初期の仏教やゴータマ・ブッダの思想を紹介したり論じたりする機会にずいぶん恵まれたこととも関係する。こうした仕事をすればするほど、大乗仏教、ひいては日本仏教が、仏教の出発点からいかに遠ざかっているか、いかにそれをないがしろ…

自由意志と運命について

西洋の哲学的なテーマの一つに「自由意志」(あるいは自由意思。または決定論)がある。「果たして人間に自由な意志は存在するのか?」という疑問が投げかけられているのだ。エ? 何の疑問もないでしょ? 食べたい時に好きなものを食べることができるし、行…

増上慢という言葉づかいに見られる教条主義

ブッダが法華経を説いている最中(方便品第二)に、突然5000人の人々が座を立って去って行った。これを五千上慢、五千起去という。 五千の上慢 大慢のものは敵に随う 慢心とは「未だ得ざるをこれ得たり」(539頁、他)と思う心のこと。つまり、5000人もの連…

「ほとけ」の語源

いつから「仏」を「ほとけ」と読むようになったのか、どうして「ほとけ」と読むのか、これに答えられるたしかな資料も、はっきりした説明も現在のところありません。研究者の間でも定説がありません。 いろいろ説はありますが、ある考えを紹介しましょう。bu…

釈尊はアーリア人

最近の学者の研究によりますと、タラーイ盆地の住民はアーリヤ人、人類学的にいうと地中海型で、そこにはモンゴル人型の人種はさほど住んでいませんでしたので、おそらく釈尊時代のその地方もあまり違わなかったのではないかといわれます。ということは釈尊…

文字と如是我聞

「釈尊、イエス、ソクラテスはなぜ文字を残さなかったのか?」と同様のテーマを取り上げた小林秀雄の講演。舎利弗君から教えてもらった。小林秀雄の講演はいつ聴いても、私の脳味噌を掻き回し、シナプスの配列をがらりと変えてくれる。 ソクラテスと宣長 小…

釈尊、イエス、ソクラテスはなぜ文字を残さなかったのか?

長年にわたる疑問が氷解した。またしても悟りである(笑)。ざまあみろってえんだ。 孔子(紀元前551年‐紀元前479年) ソクラテス(紀元前469年頃-紀元前399年) 釈尊(紀元前463-紀元前383年) イエス(紀元前4年頃-紀元後28年頃) これらの人々は人類の教…

見宝塔品の奇跡的な二重構造

松山●このように見てくると、〈多宝如来〉を案出したことがいかに秀抜な工夫であったかを、あらためて痛感せざるをえませんが、「見宝塔品」の作者の天才的な頭の冴えは、この品全体にわたって発揮されています。 それは、この品での事態の展開が、〈釈尊〉…

白蓮は「太陽」の象徴

松山●小乗仏教や何かの宇宙の成住壊空(じょうじゅうえくう)なんていう考えではないかもしれないけど、普通の人の素朴な実感とすれば、太陽でも白蓮でも、今ある以上どんな昔にもあったし、それからどんな未来にもあり続けるということは、釈尊と白蓮あるい…

サッダルマ=プンダリーカ

第三文明社は本の作り方が拙い。本書の場合、不要なまでに厚い紙を使用している。また、対談であることを強調し過ぎて、文章がおかしくなっている箇所が山ほどある。更に、対談者が松山俊太郎氏と互角に渡り合えるほどの知識を持ちながらも名前を伏せている…

ゼロに関する覚え書き その二

記号の0が発見されたのは、中央インドのグパリアーにある小さな寺院で、壁に270と50の数字が彫ってあり、0が小さな円で記されていたと伝えられています。これは西暦870年に彫られたものだといわれています。じつはこれより以前にブラフマグプタ(7世紀の人)…

創価学会の底力

友岡雅弥著『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』(第三文明社)読了。創価学会の底力を示す快著。青年1級か教授以上で、多少なりとも仏教に造詣のある方は必読。中途半端な者が読めば不信を増す結果となるから要注意。…

『仏教は本当に意味があるのか』竹村牧男

しかしながら最近、大乗仏教が多かれ少なかれ関係していると見られる仏塔信仰は、部派教団にも出家者にも、実は一様に浸透していたのだということが明かされつつある。あるいは仏塔教団を基盤とするということの意味が大きく変わろうとしている。仏塔に釈尊…

スッタニパータ:バラモン少考

昨日、アップした中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』についての少考。直ぐに書かなかったのは、青年部のためにならないと思ったから。 スッタニパータとは、最初期経典と言われパーリ語で書かれている。ジャイナ教やアートマン思想の影響も指摘され…