五老僧

名聞名利の人が仏法を破壊

世間的に偉くなった人が、仏法・信心を壊してゆく恐れがあることを注意しなければならない。議員とか、社会的な地位を得た人が名聞名利に流されて、この美しい和合僧団を、令法久住の清らかな哲学を破壊してゆくのです。五老僧が仏法を破壊した事実を、決し…

師への裏切りから地獄の境涯に

スバッタにとって、師の慈愛の導きも、ただの「束縛」にしか感じなかった。要するに、わがままに好きなことがしたかった。既に心の根は腐り、堕ちていた。 堕落した彼には、師が教える「正法」への従順など、実は面倒この上ないことであった。厳しく正義を説…

師亡き後で変節

「法」にのっとり、「法」に従うことを嫌がるわがままな修行者は、いつの世にもいた。釈尊の時代も同じであった。 釈尊が入滅した時である。スバッタという修行者は、その死を聞いて喜び、他の嘆き悲しむ弟子達にこう言ったという。 「やめなさい、友よ。悲…

大事な時に正体不明の人は“五老僧の眷族”

弘安7年(1284年)10月、大聖人の3回忌の折にも、五老僧は誰一人として墓参にも来なかった。あまりにも不知恩の姿である。 理屈はいくらでもつくれる。しかし、現実の姿が雄弁に真実を物語っている。いかなり理由を挙げるにせよ、墓参にも来ぬ姿を弁解するこ…

日興上人と五老僧

日興上人は、師敵対の五老僧らの変節の姿を一面では嘆かれつつ、胸中では悠然と見下ろしておられた。そして、今日の世界広布の「時」を、はるかに遠望されていた。 私どもは門下として、この偉大なる御境界を深く、また真摯に拝していかねばならない。この日…