人物

マスードは大の読書家であった

Facebookに「尊敬する人物」という項目があるが、私はここにクリシュナムルティとマスードの名前を書いている。パンジシールの獅子は9.11テロの2日前に暗殺された。アフガン戦争を望むアメリカにとって目障りな存在だったのだろう。マスードによって、いよい…

石原慎太郎という人物

東京都知事選で公明党が支援するのはこういう人物だ。東京の創価学会員が置かれた情況は「権実雑乱」そのものだ。

平沢進

commercial(宣伝)ではなく、commission(手数料)でもなく、command(命令)でもなく、comment(論評)でもなく、commitment(誓約)でもなく、commodity(商品)でもなく、commonweal(社会福祉)でもなく、communication(コミュニケーション)を追求す…

富木常忍

日蓮と富木常忍は強い絆(きずな)で結ばれた師弟であった。富木氏は元は因幡(いなば)国法美(ほうみ)郡富木郷(現鳥取市)の国府に出仕していた官僚であったのが、千葉氏にスカウトされて下総国にやってきた存在であったことがわかっている。 このように…

門田隆将=門脇護

門田隆将はペンネームで、門脇護が本名である。元『週刊新潮』の記者である。 公明新聞「六」殿御返事 3大デマ事件に関与した「ねつ造」記者 『週刊新潮』の記者。90年4月から特集班のデスクに就任。「白山氏冤罪報道事件」や「東村山デマ事件」、「信平狂言…

斎藤秀三郎「天国に行ってからも勉強するよ」

チェリストを経て指揮者となり、その後音楽教育に人生を捧げた斎藤秀雄の評伝。文句なしの傑作。私が読んできた伝記・評伝の中では頂点に位置する。「池田大作の評伝を書いてもらいたい」と本気で思ったほど。既に絶版となっているので、潮出版社あたりが版…

晩年のガンジーは若い女性に同衾(どうきん)を命じた

晩年になって、彼の禁欲の誓いの守り方に、非難が寄せられた。周知の通り、彼は、絶えず献身的な若い女性に取り巻かれていた。彼は、彼女らを自分のベッドで寝させるのが習慣となり、彼を暖めるために、服を脱いで彼の裸体に身体をぴったり寄せて寝るよう要…

アンベードカルを宣揚する 10

反応があまり芳(かんば)しくないので、これをもって最終回とする。「目が開かれました」「歴史が人物の虚像を描くことを知りました」――などといったメールが2000通ほど来ると思っていたのだが、1通も来なかった。ま、ネットの世界なんてそんなもんだろう。…

アンベードカルを宣揚する 9

ガンディーは、不可触民が独立した政治的権利を手に入れることを死に物狂いで阻止しようと試みた。自身の人気をテコに、何が何でもカースト制度を守ろうとした。 (※英国首相による)コミュナル裁定は大きな政治的危機に発展し、アンベードカルはその渦中に…

アンベードカルを宣揚する 8

ガンディーは「インド独立の父」であり、「老獪(ろうかい)な政治家」でもあった―― アンベードカルはタイムズ・オブ・インディア紙にこの会議(第二次円卓会議)についてこう書き送っている。 「われわれは確かな情報によって、ガンディー氏が回教徒代表と…

アンベードカルを宣揚する 7

初めての会談でアンベードカルはガンディーに対して真っ向勝負を挑む―― 「あなたは、会議派は力を欲したのだ、だからそんな条件を課すわけにはゆかなかった、とおっしゃるかもしれません。だとすれば、会議派は道義よりも力を選んだということになります。あ…

アンベードカルを宣揚する 6

ガンディーとアンベードカルが初めて会談した―― (※1931年)8月14日、改めてアンベードカルは数人の部下と共にマニブヴァンを訪れた。 アンベードカル一行が部屋に案内された時ガンディーは会議派メンバーたちと歓談していた。アンベードカルたちはガンディ…

アンベードカルを宣揚する 5

アンベードカルは不可触民でありながら、ロンドン大学・コロンビア大学で博士号を取得し、ボン大学に留学した。そして上級法廷弁護士の資格を勝ち取った。だが決して順風満帆の人生を歩んだわけではない。結婚後は4人の子供を亡くし、茫然自失の日々を過ごし…

アンベードカルを宣揚する 4

現在でもインドでは80%以上の人々がヒンドゥー教徒だ。アンベードカルもそうだった。不可触民を解放するために立ち上がったアンベードカルは思想的に行き詰まってしまう。そして遂に「改宗も辞さず」と宣言した。 彼のこの(※改宗)宣言はカーストヒンズー…

「矢島周平」とその周辺

思索の海辺 早くも歴史修正主義か? 戦時中の逮捕者について 矢島周平

アンベードカルを宣揚する 3

アンベードカルは不可触民の背中を叩いた。否、鞭(むち)を入れたといってよい。 アンベードカルは厳しく同胞に迫った。「失った権利は、簒奪者に嘆願したり、かれらの良心に訴えたりすることによっては決して取り戻すことはできない。それを可能にするのは…

アンベードカルを宣揚する 2

“インド独立の父”マハトマ・ガンディーは不可触民制の廃止のために戦った。だが、一度としてカースト制度を否定したことはなかった。“偉大なる魂”はカーストの信奉者であったのだ。ガンディーが目指したのは、不可触民(アウトカースト=スードラ以下)をカ…

アンベードカルを宣揚する 1

歴史は虚実によって織り成される物語である。しかも、少ない真実を数多くの嘘で飾り立てることが珍しくない。そして歴史の書き手は「政治」である。人でもなければ思想でもない。歴史はいつの時代も勝者による「後出しじゃんけん」であった。負けた人々は「…

小口偉一氏の晩年

小口偉一(おぐち・いいち)氏には『創価学会 その思想と行動』(青木書店、1957年)という著作がある。 東大宗教学科の元・主任教授の柳川啓一さんは、晩年はうつ病に苦しみ、精神病院から出講していました。その前の主任教授の小口偉一さんは、晩年はアル…

天台大師

天台大師智ギは、南北朝の時代、南朝の梁(りょう)代の末期、538年に荊州(けいしゅう)江陵(こうりょう)に生まれた。18歳で出家、20歳で具足戒(一人前の僧が守るべき戒律)を受けた。20代は大蘇山の慧思(えし)のもとで修行し、30代は金陵(きんりょう…

檜山先生

池田先生の恩師。小学校5〜6年時の担任。檜山浩平(ひやま・こうへい)。先生の随筆などで折に触れて紹介されている。世に功成り名を遂げた人物は多い。だが、生涯にわたって小学校の恩師を大切にする人を私は知らない。 今年の1月12日、私の小学校時代の恩…

シモン・ボリバル

シモン・ボリバル――これまでも何回かお話してきたように、南米の解放に生涯を捧げた真実の革命家の一人である。彼のただ一つの願い――それは祖国の民衆の幸せであった。そのために彼は、自身をなげうって戦った。栄達や名声を求めず、ひたすら崇高な目的のた…

天木直人

元駐レバノン日本国大使。イラク戦争に反対し、外務省を解雇される。その後、『さらば外務省! 私は小泉首相と売国官僚を許さない』がベストセラーになる。2005年、小泉首相(当時)と同じ選挙区から立候補するも、得票数はわずか7475票で終わった(当選した…

退転と不退転について

ティラデンテスにとって、かつての同志の変心など、小事であったに違いない。彼は自らの死をも超えて、祖国ブラジルの独立と自由を夢見、確信していた。死んでゆく彼の心はどこまでも強く、勇気と慈愛の魂にあふれていたのである。 ティラデンテスに報われた…

久保田博二氏

今日付の聖教新聞に寄稿が掲載されていた。先日亡くなったコーネル・キャパ氏を悼(いた)むもので、実に興味深い内容だった。ライカを片手に単身渡米した久保田青年は公私に渡って、コーネル氏に世話になったという。寡聞にして知らなかったのだが久保田氏…

古謝美佐子さん

日曜日の聖教新聞「トーク21」に古謝美佐子(こじゃ・みさこ)さんが登場。いやあ嬉しかったね。言わずと知れたネーネーズの初代リーダー。古謝さんがいた頃のCDは全部持っている。 私は音楽や本の趣味に大変うるさい。そう、「違いがわかる男」だ。ネスカフ…

溝口敦

調べた、あっけなく判った。溝口敦は日共、党ではなくとも強力なシンパであること歴然! 以下、竹中労の忠告にしたがって、私行(プライバシー)については触れない。が、とうぜん対応いかんでは公開を辞さないこと、また本稿とは別に詳細なメモランダムを用…

太田述正

太田述正事件

ヒラリーとテンジン

エベレストの登頂の成功は1953年(昭和28年)。“発見”から約100年、最初のアタック(攻略)から32年の後である。 成功したイギリス隊は、何と9度目の遠征であった。成し遂げるまでは断じて負けない不屈の英国魂であろう。 さて、世界中の登山家の“夢”であっ…

ダンテ『神曲』の主題

SGI会長●彼が『神曲』を著した主題は何であったか。ある書簡の中で彼は言う。この作品の目的は「この世に生きる者を悲惨から救い出し、至福へ至らしめることである」と。 悩める人をいかに幸福へ導くか。地獄の苦しみにある民を、どうやって幸の天上へといざ…