人間性

和泉副会長の思い出

話は変わるが、和泉副会長がまだ20代の頃に、牧口先生と一緒に折伏に行った時の思い出をうかがったことがある。 当時、牧口先生は70歳前後であった。和泉青年が約束をとり、ある憲兵隊の将校のところに折伏に出かけた。ところが、せっかく牧口先生に足を運ん…

「謙虚な心」には余裕が、「傲れる心」には焦りが

虚栄や策、慢心を捨てた「謙虚な心」。これほど強いものはない。最終的に頼りになるものはない。 「謙虚な心」には余裕が生まれる。「傲れる心」には焦りのみが募る。 「余裕の人」は自分を客観視し、そこから知恵が生まれる。信頼と安心感を育む。ゆえに勢…

幸福には「強さ」が必要

幸福には「強さ」が必要である。勝利には「強さ」が不可欠である。個人も家庭も、団体や国家も、強くまた強くあってこそ、堂々と胸を張って幸福と繁栄の道を進める。弱ければ惨めである。 強い人のみが、人々を守ることもできる。自分も楽しい。皆も安心であ…

人間として心が通じ合うかどうか

リーダーは、どこまでも同志のことを祈ってゆくのだ。 具体的に祈り、誠実に尽くしていけば、必ず反応がある。仏法は「依正不二」なのだから。 とにかく祈る。 そして、感じよく接してゆくことだ。 自分の「大きい心」ができ上がっていけば、自然と「大きい…

人の苦悩に対して想像力を広げることから「同苦」は始まる

題目をしばらく唱え、鈴(りん)を叩いて御観念文に入ろうとすると、伸一の背中に、ゴツンと後ろにいた青年の頭が当たった。 視覚に障害があることから、伸一との距離がつかめなかったのである。 頭をぶつけた青年は、慌てて後ずさりし、恐縮して小さくなっ…

いずこにあっても光る人に

ともあれ、光っている人は、いずこにあっても光っている。誰が見ていなくとも、また、いかなる立場であっても、広宣流布への我が行動は、自分自身の心が見つめている。御本尊がお見通しである。「冥の照覧」は絶対なのである。 【ブラジル代表協議会 2001-07…

真面目の語義

私は明年で入信40年を迎える。その間、実に多くの人生を見てきた。その体験の上から、一つの結論として確言できることがある。それは、人柄のよい“真面目(まじめ)”な人格の人こそが、結局、最後に人生の勝利者となり、幸福者になっているという事実である…

真面目な人が最後は勝つ

幹部となり、多忙になったとしても、信仰者としての基本を忘れてはならない。 ともあれ、人生は「真面目(まじめ)」に徹することだ。 立場や名誉を得て、いい気になったり、真面目にやっているふりをして、隠れて動いてみたり──そうした生き方は、いつしか…

配慮に配慮を重ねる

なお、ボードレーは、よりよき図書館を作るために、実に細かいところにまで気をつかった。 例えば当時、本は1冊1冊が形も大きく、高価でもあり、盗難防止のために鎖につながれていた。しかし、ボードレーは、これは「人間不信」に基づくあり方であり、何とか…

押しつけと粘りは異なる

押しつけと粘りは異なる 押しつけは 百害あって一利なく 粘りは 確信ある信心のあらわれであり かならず人の心を 動かすものである 【『日々の指針』 1974-12-16発行】 押しつけがましく感じるか、情熱的に感じるかは、聞き手の受け止め方による。話したいこ…

人間関係の悩み

【問い】自分の組織の中で、ある人間とウマが合わなくて悩んでいます。 【指導】結局は信心、題目が根本であろう。信心でみた場合は、自分が悪いのか、それとも相手が悪いのかということがわかってくる。そこが他の世界と違う。大らかに、人間性豊かに、自分…

科学するものに正邪あり

科学そのものには正邪はないが、科学するもの、科学を操作するものの生命状態には、あきらかに正邪がある。その生命の状態、ある瞬間の一念が、原水爆の悪魔的災害さえも生むのである。時代は、一念の狂いが、人類の絶滅さえ起こしうるところまできてしまっ…