仏教史

世界史講義録

金岡新氏の「世界史講義録」より―― インダス文明 ウパニシャド哲学と新宗教 インドの諸王朝(大乗仏教、ヒンドゥー教)

大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 3

大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 1 大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 2 大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 3 菅田正昭(すがた・まさあき=宗教史家・離島文化研究家) 流人…

大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 2

大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 1 大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 2 大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 3 菅田正昭(すがた・まさあき=宗教史家・離島文化研究家) 『富…

大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 1

大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 1 大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 2 大石寺の「寺社奉行」的構造 江戸期にみる創価学会破門の源流 3 菅田正昭(すがた・まさあき=宗教史家・離島文化研究家) 当然…

見宝塔品の奇跡的な二重構造

松山●このように見てくると、〈多宝如来〉を案出したことがいかに秀抜な工夫であったかを、あらためて痛感せざるをえませんが、「見宝塔品」の作者の天才的な頭の冴えは、この品全体にわたって発揮されています。 それは、この品での事態の展開が、〈釈尊〉…

法華経成立史

――成立的には「序品」というのは大分後なんだけれども、「法師品」までができ上がって、前に何を置くかというときに、しっかり構成されているという感じがしますね。それからまた、「見宝塔品」以下の諸品(しょほん)ができたときに、これらの「序品」とし…

法華経には口伝があったと考えられる

――ところが、それ(※蓮)を隠さざるを得ない事情があった……。それは何だったんでしょうか。 松山●一つの原因として、私は『法華経』というのは本来非常に革新的というか、当時の仏教とは違うことをいっているためだったと考えます。 教説的に特別のことをい…

法華経の精神

松山●それで中村元先生とかいろいろな方が教えて下さっていることですが、案外、初期のジャイナ教と仏教はいっていることは同じだし、用語も共通のものが多い。それだけではなく、バラモン教などのいったことと違うことが強調されているけど同じところもいっ…

タントリズム(密教)

所作タントラ――蘇悉地経(そしつじきょう) 行タントラ――大日経 ヨーガ・タントラ――金剛頂経 タントリズムにあっては、すべてがシンボルに置きかえられる。世界も仏もシンボルとなる。シンボルあるいは記号の集積の中で、タントリズムの儀礼あるいは実践が行…

稚児とは僧侶の恋人だった

壮年部はここまで勉強するのだよ(笑)。ちなみに「衆道」(しゅどう=少年愛)の開祖は空海とされている。女犯(にょぼん)の罪を回避するための少年愛だとすれば、より罪深いと言わざるを得ない。で、これって稚児貫首と関係があるのかね? 稚児とは、女人…

最澄(伝教大師)が建立した大乗戒壇の意味

晩年の最澄には、しのこしたことがあった。大乗の戒壇院の設立である。806年(大同元)には百余名に大乗の戒をさずけている。これは唐において天台宗の道邃(どうずい)からさずけられたものであり、それを最澄は弟子たちにさずけていたわけであるが、この大…

インドの宗教史

インドの宗教史は、おおよそ以下の6期に分けることができる。 第1期 紀元前2500年頃〜前1500年頃 インダス文明の時代 第2期 紀元前1500年頃〜前500年頃 ヴェーダの宗教の時代(バラモン教の時代) 第3期 紀元前500年〜紀元600年頃 仏教などの非正統派の時代 …

中国の仏教史

中国仏教の歴史は、次のような四期に分けることができよう。 第1期 伝来の時代 後漢(紀元25〜220年)から西晋(紀元265〜316年)まで 第2期 定着の時代 五胡十六国(紀元316〜439年)から南北朝(紀元420〜581年)まで 第3期 成熟の時代 隋唐時代(紀元581…

神道と本地垂迹説

しかし、神社の神主たちは、その屁理屈(本地垂迹説)に反論できなかった。反論したくても、その根拠とすべき教義を持っていなかったからである。現在の神道にも、教義はない。 不思議といえば、これほど不思議な宗教もないであろう。教義のない宗教などとい…

薩摩と浄土真宗

内山徳太郎がいった。 「きみたちは、薩摩には浄土真宗の寺が一宇もないことを知ってるかね」 宇源太と竜造は、意外な話におどろいて顔を見合わせ、首を横に振った。 寺請制度と檀家制度の形成以来、それに乗じてもっとも檀家数を増やしたのは、浄土真宗であ…

書き換わる聖徳太子像

実在から非実在へ、聖徳太子像が大きく書き換えられようとしています。戦後歴史学がたどりついた成果とも、真実追究の学問がもつ非情さともいえるでしょうか。 聖徳太子を知らない日本人はまずいません。教科書風にいえば、6世紀末から7世紀前半の飛鳥時代、…

釈尊の生没年

インドでは、歴史や地理を記録するということがなかったので、釈尊の生存年代を決定するのは極めて困難なことである。 セイロン、ビルマ、タイなどの国は釈尊の生涯を、 紀元前624〜前544年 として、1956年に仏滅2500年の記念行事を行なった。西洋の大半の学…

『仏教のなかの男女観 原始仏教から法華経に至るジェンダー平等の思想』植木雅俊

読んだのは二度目である。税別で7000円するので、何度も読んでおかないと損をしてしまう(笑)。「そんなに高い本があるとは……」という声が聞こえてきそうだが、実は安いのだよ(笑)。 例えば、『漢訳対照 梵和大辞典』は25200円で、『パーリ語辞典』は4725…

師への裏切りから地獄の境涯に

スバッタにとって、師の慈愛の導きも、ただの「束縛」にしか感じなかった。要するに、わがままに好きなことがしたかった。既に心の根は腐り、堕ちていた。 堕落した彼には、師が教える「正法」への従順など、実は面倒この上ないことであった。厳しく正義を説…

師亡き後で変節

「法」にのっとり、「法」に従うことを嫌がるわがままな修行者は、いつの世にもいた。釈尊の時代も同じであった。 釈尊が入滅した時である。スバッタという修行者は、その死を聞いて喜び、他の嘆き悲しむ弟子達にこう言ったという。 「やめなさい、友よ。悲…

『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士

いやあ、たまげた。これほど、興奮を掻(か)き立てられることも珍しい。一見すると「トンデモ本」と見受けるが、それこそ、とんでもない話だ。 関西大学法学部教授というだけあって、緻密(ちみつ)な考証と論理を積み上げて、紀元前の壮大なドラマに迫ろう…

提婆達多の謀略

この五箇条の要求それ自体をみる限り、デーヴダッタは、極めて純粋な修行者を装っているといえる。彼は、謀略がことごとく失敗に帰したので、最後の手段として教団に、最も純粋な出家者、厳格の修行のあるべき姿を提示することによって、内部の分裂をはかろ…

インド仏教滅亡の要因は「民衆からの遊離」に

日達上人は、“声聞等の「二乗根性」の出家者は自己中心であり、自分さえ救われればよいと考えていた。そうしたエゴによる和合は、利害で結ばれた派閥のようなものである”と指摘されている。 “二乗根性”というのは、自分が一番偉いと慢心する。そして、他の人…

依法不依人

「〈私は修行僧の仲間を導くであろう〉とか、〈修行僧の仲間は私に頼っている〉とか、このように思う者こそ、修行者の集いに関して何ごとかを語るであろう。しかし、向上につとめた人は、〈私は修行僧の仲間を導くであろう〉とか、あるいは〈修行僧の仲間は…