信心の姿勢

信ずる者は常に勝つ

更に名誉会長は、恩師の広宣流布への精神を述べつつ、 1.“いざ”という時には、「獅子」の心でいかなくてはならない。自分を守ることに汲々として、あっちに付いたり、こっちに付いたりするような、信念のない、臆病な人間であってはならない。私は何があって…

宗教の功罪

人類、生命といった普遍的価値――高等宗教も、まさにそこを志向している。 ゆえに、そうした「宗教」は「国家」の権力も、他のいかなる権威をも超越する。それらに屈しない人間をつくっていく。 東欧の変革の底流にも、ポーランドを始め、「宗教」の土壌を背…

戸田先生「人生も信心も強気でいけ」

私どもの前途には、権力の迫害もあれば、様々な妨害もある。しかし、決して驚くことではないし、恐れる必要もない。信仰ゆえの難であれば、それはむしろ信仰者の誉れであり、大いなる喜びである。少なくとも私は、戸田先生の弟子として、そうした思いで今日…

少女パレアナは何にでも喜びを見出した 

パレアナは、どんな人に会っても、何かしら「嬉しいこと」「喜べること」を見つけた。誰だって、自分に会って心から喜んでいる相手に対し、悪い気持ちを持ち続けることは難しい。だから皆、いつしかパレアナの味方になった。 心は不思議である。心は微妙であ…

実力、人格、内実を基準とせよ

さて、今はテレビ時代。このテレビとともに生きてきた世代を「“どう見えるか”の世代である」と言った人がいる。つまり何にせよ、その「内実がどうか」というよりも、「どう見えるか」を基準にしてしまう傾向が強い、というわけである。 確かに「どう見えるか…

一切の理不尽に反撃せよ

いかなる策謀、いかなる弾圧にも絶対に屈しない。必ず反撃する。自分の「自由」「信条」を侵(おか)すものは決して許さない。一切を弾き返す。そうした“強き個人”“強き人間”であっていただきたい。 つまり、不当な圧迫や、いわれなき中傷をされて、弱々しく…

魂の自由

ともあれ、あらゆる権威を弾き返し、“魂の自由”を勝ち取ってゆく――。ここに本当の信仰の力がある。 【第11回関西総会 1989-10-12 関西文化会館】 昨日、関西池田記念会館にて本部幹部会が行われた。実に7年ぶりの関西入りである。大関西、おめでとう! この…

“不純物との戦い”に挑め

今日、申し上げたいことは、純一なる信仰の世界を守り抜くために“不純物との戦い”に、ともどもに挑んでいかねばならないということである。清純であればあるほど、わずかの“不純”でも、大きな“乱れ”の因となり、やがては広布を破壊しゆく重大な要素となって…

磐石な組織をつくれ

創価学会の組織を隅々(すみずみ)にいたるまで堅塁に──これが戸田先生の決心であられた。 「隅々まで」である。どこか一部ではない。 さらに戸田先生は、こう綴っておられる。 「人の休んだり、遊んだりする時間を、自分は仏様の為に使ったら、これこそ末法…

最後は信心があるかどうか

「心こそ大切」である。 どういう心、どういう一念で戦っているか。最後は、信心があるかどうかが厳しく問われていく。 日蓮大聖人は、東海道で勇敢に信心を貫いた南条時光に仰せである。 「日蓮の弟子たちのなかで、法門をよく知っているかのような人たちが…

恥を恐れるな

「一芸を身につけようとする人は、『まだ下手な間は、うかつに、人に知られないようにしよう。ひそかに習得してから人前に出れば、それこそたいへんりっぱに見えるだろう』と言いがちであるが、こんなこと言う人は、一芸も物にできないのである。 まだまった…

指導を咀嚼せよ

ここで、まず申し上げておきたいことは、これまで私は数々のスピーチをしてきた。また、多くの学会の指導がある。 各地の広布の指導者である幹部は、まず、自らが率先して指導を読み、咀嚼(そしゃく)し、自分のものとしていただきたい。 そうでないと、ど…

今こそ創価の正義を叫べ

ここ数年間は、世間の批判・中傷に流され、何かに遠慮しているかのような風潮があった。そして、あの凛々しい勇敢なる創価精神というものが薄れ、行動が鈍りつつあることを心配していた。 そこでもう一度、確固たる原点に立ち返って、主張すべきことは主張し…

今再び草創の魂を燃やせ!

我が学会員は、再びここに、草創期のたくましい開拓精神、建設精神をもたなくてはならぬ。そして、おのおのが新しき時代を築く先駆を切ろうではないか。 「源遠ければ流ながし」――広宣流布への前進には、決して行き詰まりはない。こんこんと湧き出ずる泉のご…

青春の誓い

若き日を 嵐の如く 広宣に この身捧げし その日忘るな 【「創価草創の集い」を記念して 1983-04-30 東京会館】 青年部を卒業した瞬間から、私の胸に刻み込まれている歌である。死ぬまで手放すことはないだろう。

大切なのは、本気で戦う一人

先生は、「外交のできない人間は信頼してはならない」と言われた。 私は戸田先生のもとで、学会の初代渉外部長を務めた。徹底して訓練を受けた。 「誠実」と「智慧」、そして正義のために戦う「勇気」──これが渉外の要諦である。外交の基本中の基本だ。これ…

戸田先生「惰性は、大聖人の仏法を腐らせる」

ここで再び、戸田先生の指導を学びたい。 戸田先生のことは、いくら語っても語り尽くせない。真実の師弟とは、そういうものである。 戸田先生はおっしゃった。 「惰性は、大聖人の仏法を腐らせる」と。 自分は活動しているように思っていても、知らないうち…

真っ直ぐに師弟の道を歩め

他の人々の目には、子路(しろ)の「利害」を度外視した純粋な生き方は、「一種の不可解な愚かさ」に映った。 しかし、師匠・孔子だけは、この弟子の生き方の「無類の美点」を知り、誰よりも高く評価していたのである。 一方では、子路ほど叱られる弟子もな…

大慢のものは敵に随う

来るべき21世紀の「精神の大航海時代」。私は学会こそ、その新世紀の王者であると確信している。 その希望の出発に当たり、軌道を誤らぬため、大切な一点を本日は確認しておきたい。 それは、「法」を根本に生きるか、自己中心に生きるか、ということである…

広布の世界で“濁り”を許すな

器いっぱいにたたえられた清水も、毒物を一粒入れたら、もう飲むことはできない。妙法はあまりにも清らかな法であるがゆえに、謗法へのいささかの妥協も許されない。 個人の信心においても、大聖人は、「何(いか)に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄…

シェニエ

やがて革命は成功した。しかし、一握りの新指導者達が権力を乱用しはじめ、残忍な恐怖政治の嵐が起きる。 これに対しシェニエは、革命の本来の理想を守り抜くため、勇敢にペンをもって立ち上がった。「正義の仮面」をかぶり、民衆を抑圧し、次々に生命を奪っ…

縁に紛動されるな

大難を耐え抜き、牢を出た先生は、「世間の風評ばかり気にして、ふらふら、びくつくような人間は必要ない!」「このインチキ弟子!」と激怒された。 青年部の諸君は、戸田先生の烈々たる魂の叫びを、我が生命に刻みつけていただきたい。 青年は「一人立つ」…

心の死

広布のリーダーも、決して自分の心を死なせてはならない。会合に出ても、感動もなく、「ああ、また幹部会か」(笑い)、「今日は何時に終わるかな」(爆笑)――こんな惰性で臨んでいたのでは、“心の死”と言わざるを得ない。それでは自身があまりにもみじめで…

小事に徹する

たとえ小規模なものであったとしても、それを淵源として将来必ず大きく発展しゆくことを私は確信している。「小さなこと」を軽んじて広布の進展はない。将来を期して「小さなこと」に徹することこそ、「偉大」なのである。 【第9回本部幹部会 1988-09-17 創…

「信心しているから何とかなる」は大謗法

信心しているから なんとかなるとの考えは 大謗法である 信心していればこそ 厳しい現実を見極め 合理的 科学的に 生活や事業を組み立て 完璧を期することだ 【『日々の指針』11月21日分/1974-12-16発行】 曖昧にして、微妙な一念を厳しく衝(つ)いた指導…

陥りやすい安易さ

インターネットの使い方は人によって様々だ。掲示板などを外野席から眺めているだけの観客もいれば、何らかのメッセージを発信し続ける人もいる。情報収集に余念がない人もいれば、研鑚の武器とする人もいよう。 今は、OCR(文字読み取り)機能がついたスキ…

不屈の魂こそ宗教の真髄

いったん全滅の状態になったとしても、“根”が残っている限り、信仰は滅びない。そこからまた、しぶとく広がり、繁茂(はんも)してゆく。 迫害され、たとえ殺されようとも、絶対に信仰を絶やさない。この不屈の魂こそ、宗教の真髄である。 創価学会も将来、…

一喜一憂するな

何かあると、すぐ一喜一憂するリーダーでは、多くの人を守ることはできない。指導者は、少しくらいの騒ぎに微動だにもしない、よい意味での大人(たいじん)にならねばならない。そうでなければ、内外の人から軽く見られ、侮(あなど)られて、結局、悪をつ…

より厳しい方を選べ

信仰とは、いかなる圧迫にも、また誘惑にも負けないことである。悪の汁は甘い。ひとたび味をしめれば、急速に信心の「心」を破っていく。 信仰とは、むしろ、より厳しい方へ、激しい苦難へと、勇んで進みゆく生き方にある。そこにこそ、人間としての崇高な輝…

一切を前向きにとらえよ

草創期の活動は厳しかった。Tさんのように地区部長になっても、折伏の成果が出なければ、時には班長に“下がる”(笑い)場合もあった。もちろん役職の上下と信心の強弱とはちがう。それは何よりも本人の奮起と成長を促すためであった。が、なかには役職が下が…