幸福

激闘の人生に真の幸福が

さて、「幸福観」について一言述べておきたい。 「人生の幸福」といっても、もちろん人によって様々なイメージがある。それぞれの価値観により、幸福像は大きく異なるものである。 ただ平穏無事に過ぎる一生を「幸福」とする人も少なくない。ひたすら、「安…

幸福には「強さ」が必要

幸福には「強さ」が必要である。勝利には「強さ」が不可欠である。個人も家庭も、団体や国家も、強くまた強くあってこそ、堂々と胸を張って幸福と繁栄の道を進める。弱ければ惨めである。 強い人のみが、人々を守ることもできる。自分も楽しい。皆も安心であ…

知恩・報恩の道こそ、幸福の道

仏法は、恩が根本である。恩を忘れた人間が、真に人間らしく生きることはできない。 また、恩や信義を忘れ果てた社会は、絶対に幸福な社会にならない。 仏法者の眼から見れば、恩というものを知らないがゆえに、どれほど多くの戦争が起こっていることか。 恩…

功徳と罰を超克しながら前進せよ

現実の人生は、幸せに見える時もあるし、不幸に見える時もある。すなわち、仏法で説くところの「功徳」と「罰」の姿である。「功徳」の人生を生きていきたいのが当然であるが、その裏には不幸という「罰」の現実もまた避けることができないのが人生である。 …

崩れざる幸福は“積極的な生命の姿勢”に

では、崩れることのない、ほんとうの幸福の条件とは何か。 その第一にあげられることは、あくまでも主体的に、積極的に、人生の問題にとりくんでいく、生命自体の姿勢である。客観的状況のみに支配され、受動的に運命を考えるのではなく、どこまでも、主体的…

人生の喜び

人生や生活には様々な喜びがあろう。ラーメンを食べて「ああ、おいしい」(笑い)と思うのも喜びだし、また、恋人とのデートがこのうえない喜びの瞬間だと(大笑い)感じる人もいよう。更に、職場の役職が上がった、立派な家を建てた等々、それなりの喜びが…

相対的幸福

確かに、何十年か前に比べれば、日本ははるかに裕福となった。しかし、それで国民は本当に幸せとなっただろうか。 おいしい物を食べる。それは幸せかもしれない。だが、それで糖尿病になってしまえば(笑い)、かえって不幸である。たとえ、健康であったとし…

生命の内実こそ信心の果報

釈尊にあっても、また天台にあっても、難は絶えなかった。いわんや大聖人は、それとは比較にならない大難の連続であられた。しかし、そのただなかに御本仏としての大果報を示された――。私どもの信心の上での本当の果報も、社会的地位や名誉、また財産などの…