座談会

会合のあり方 7

これが最終回。林竹二が追及している世界は、「虚空会の儀式」を志向している。 授業は本来、「その場で(教室で)」子どもたちの学習を組織する仕事であるのに、子どもの発言を吟味にかけるという作業が欠けている結果、授業は多くは、子どもたちがもち合わ…

会合のあり方 6

こんな感想を書いた子どももいます。 私はこの「人間とは何か」を勉強して感じたことは、ふつうの算数や国語などとちがうし、算数のように答えで終ってしまうんではなく考えれば考えるほど問題が深くなっていく。私は勉強していて、どこで終わるのか心配にな…

会合のあり方 5

持っている力をひき出されないでいる、埋れたままになっているということは、ただそれだけではすまされない。やがて非常に大きな不幸、──脱線や狂気を生み出すわけです。埋れたままになっている力は、平穏無事に埋れているという保証はまったくないのです。…

会合のあり方 4

たとえば、ベートーヴェンの第9シンフォニーはすばらしい。だからだれが指揮棒をとってもそれはすばらしい音楽になるといったら大笑いでしょう。曲が素晴らしいものであればあるほど、その演奏の指揮をとるものがほんとうに曲をふかく捉える力をもち曲の内部…

会合のあり方 3

しかし、授業の中で子どもが集中するちからをもっているというのは、可能性としてもっているので、教師がきびしく授業を組織するのに成功するときだけ、それは引き出されて現前する。(中略)子どもが集中する力をもっているということは、集中すべき対象が…

会合のあり方 2

授業というものは、本来、子どもがもっているそれぞれの個性的な、固有のたから(可能性)を、引き出す作業である。そのための「道具」が教材である。その道具をつかうには方法があり、技術があるだろうが、何よりも大事な、教師の条件は子どもの心の見える…

会合のあり方 1

20代で読んだ本書は、私の深い部分に決定的な影響を及ぼした。なかんずく林竹二が説く「授業のあり方」は、そのまま「会合のあり方」を示唆するものだった。短期集中連載。カテゴリーの「会合」と「座談会」も併せて読んでもらいたい。人と人とが集い合う以…

座談会の歴史

「大善生活実験証明座談会が行われた時代背景」の記事を訂正する。以下の情報を那由他楽人君から教えてもらった―― 牧口はこうして個人的に折伏をつづけていたが「そろそろ座談会で折伏をやろう」と弟子たちに呼びかけ、戸田の経営していた時習学館を会場にし…

大善生活実験証明座談会が行われた時代背景

座談会がいつ頃から開かれるようになったのか、あまり定かではない。「昭和7年 座談会開催」と記している資料もあるようだが、私の手元にはない。 昭和5年(1930) 『創価教育学体系』第1巻を発行 昭和12年(1937)1月27日 中心メンバーが東京・品川の料亭「…

ブロック座談会の日程について

問い ブロック座談会のことで悩んでおります。我が地区には二つのブロックがあり、私は片方のブロック長をしております。最近、ブロック座談会のつど、もう一方のブロックが同じ日時に座談会を開催し、かち合ってしまってます。仕事などの関係で、もう片方の…

チャレンジトーク:水谷修氏

【水谷修さん(夜回り先生)×棚野信久さん(総東京男子部長)/聖教新聞 2006-10-01付】 水谷●講演でも必ず言うんです。来場した先生たちには1日10回、お母さん方には50回、子供をほめてください、って。 子供たちの周りが、温かい言葉で満たされたなら、心…

師は嵐の中で座談会を駆け巡った

それは、昭和54年の3月15日の夜のことである。第一次宗門事件の嵐の渦中、私が第三代会長を辞任する1ヶ月ほど前であった。 私は、東京の府中の大ブロック(大B)座談会に駆けつけた。現在の地区座談会だ。 この3日前、中野区で大B協議会に出席した私は、「今…

万全の呼吸合わせで座談会に臨め

戸田先生は、座談会を最大に大事になされた。 事前の打ち合わせも、まことに綿密であった。 「司会」を誰にするか。 「内容」をどうするか。 一つひとつを、決しておろそかにされなかった。 そして「私がこう話すから、あなたはこのように話してあげなさい」…

座談会は“心のオアシス”

座談会には、皆、多忙のところ、また疲れたなか、来てくださる。 であるがゆえに、そこには、真心からの「励まし」が必要であり、「癒し」がなければならない。 誰もが「来てよかった」と納得し、満足できる“心のオアシス”としていくことだ。 法華経の普賢品…

小さな集いが偉大な歴史をつくる

サーツ女史の牢獄は小さかった。しかし、そこで偉大な歴史はつくられた。 “小さな集い”が大切なのである。大きな会合で、大勢の人に拍手されて話すことが偉いのではない。人目につかない小さな集い――座談会が、また家庭指導が大事なのである。個人指導が大事…

座談会を通して築いた組織は崩れない

信心をしていて、元気がある、生命力がある、活気があるということは一面、結構なことです。しかし、それ以上に大事なことは、一人ひとりが、いかなることがあっても、信心をいかに持続していくか、という点です。 そのためには、信心を内面に深化させていく…

座談会は信行学の重要な鍛錬の場

座談会は最も地道であるが、信行学の重要な鍛錬の場である。人数が少ない。また派手でもない。しかし、この地味な座談会に常に参加している人は信心の姿勢が安心である。ともすると、幹部の中には、派手な会合のみに走り、この庶民の集い来る会合を軽く考え…

戸田先生「学会やオレをきらっている連中を集めて、座談会をやりたい」

その学者の、戸田先生の追憶談を、少々紹介しておきたい。 「私なんかは観察者という立場にあるので、教団とあまり親しくなっては困るんですが、宗教学上の問題を超えて戸田先生とは人間的なつながりをもった。 世間の人も学会の悪口をたとえ言っても、一度…

座談会こそ仏法民主主義の基盤

ここで座談会について申し上げたい。創価学会の座談会には、誰でも出席できるし、どんなことでも話せます。一切が形式抜きで自由であります。創価学会が最も開放的で、自由で、民衆の一人ひとりによって支えられている唯一の団体であることの証明であるばか…

座談会は“格式ある庶民性”をもて

座談会は“格式ある庶民性”をもった会合であっていただきたい。座談会が広く大衆の対話の場である以上、確かに“庶民性”という要素は大事であります。しかし、庶民性の中にも、“我が地区、我が支部の伝統の行事である”という誇りがなくてはなりません。座談会…

中心者は絶対的確信で座談会をリードせよ

中心者は、絶対的確信に立って指導することが大事であります。その確信をもって人々を救いきり、座談会を運営していくのです。どんなに近代的センスをもっていても、信心の確信がなかったならば、画竜点睛を欠くことになる。中心者は誰よりも確信をもって、…

座談会をだらしのない会合にするな

酒を飲んできた人や、ふざけ半分で来たような人は参加させない方がいい。そのくらい威厳がなくてはいけません。座談会が魔に乱されては絶対なりません。仏の世界であり、厳然と魔を冥伏(みょうぶく)させていくのが座談会の定理です。したがって、そのよう…

座談会は全員参加・全員発言が原則

座談会は、あくまでも“全員参加”です。一人や二人の独演会ではなく、皆が何か発言をすることが大切であります。体験でも質問でも、率先して発言することがよい。だからといって、話さなくてはならないと義務づける必要はありません。口下手な人もいます。無…

座談会の中心者は賢明な判断と適切な処置を

また、中心者は聡明であり、明朗であることが大切であります。座談会にどんなことが起ころうと、臨機応変にいくらでも手を打っていける聡明さが必要です。そうすれば皆が信頼感をもって安心して出席できます。皆はもう9時になった時計を見て、帰る時間を気に…

座談会には第一線で戦う幹部を担当させよ

座談会は必ず成功させねばならない。座談会は偉大なる法戦場であり、決戦場であります。ゆえに、断じて失敗に終わるような座談会であってはなりません。中心者は、座談会の盛り上がりと成功を真剣に御本尊に祈り、堅い決意と確信をもって座談会に臨み、運営…

只今臨終の自覚で座談会を寂光土に

いずれにしても、都合により参加者が少数であっても、たとえ新来者の出席がなくても、座談会を流会にするようなことがあってはいけません。どのような会合であったとしても、そこに信心の血脈が脈打っておれば、その座談会は本有常住の寂光土であり、因果倶…

座談会で活躍し、育った人が真の学会っ子

この座談会の実態は、座談会推進本部を設けて、全部、報告を受けることにいたします。 私が推進本部長として皆さん方の地区の実情を全部掌握してゆきたい。私自身、土曜日には率先して座談会に参加する予定です。 要領のいい人達や、利己主義の人を相手にす…

学会は座談会で発展

ともあれ、今日まで創価学会が発展してきた根本は、あくまで座談会です。これは、牧口初代会長、戸田前会長以来の大原動力であり、学会の大伝統です。どのような時代が来ても、ゆるがせにしては絶対にいけません。座談会を除いては他に法戦場なく、仏道修行…

座談会は生命興隆の人間復興運動

運動、活動といっても、結局は人間である。その人間が、あくまで主体なのです。したがって、その人間に成長をもたらすべき、潤いのある生命交流のないところには、殺伐とした疲弊が残るのみでしょう。 人間一人ひとりが至高の目的に感応し合い、啓発し合って…

“戦う座談会”が学会の伝統

私どもが入信した当時、何事にも真剣でありました。座談会へ出席するのにも希望があり、喜びがあった。また、みずみずしい気持ちで、座談会から帰途についた思い出が一人ひとりにあると思う。その希望、喜びがある時、各自の人間革命が最も前進している時と…