御書

但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず

唱法華題目抄は真蹟が存在しないものの、曽存と考えてよかろう。 御真蹟は現存しませんが、『南条兵衛七郎殿御書』の御真蹟の三紙にわたって、その行間に、日興上人が本抄の一部を書き込まれるという珍しい形で、最古の写しが伝えられています。 【「大白法…

果報にしたがつて見るところ各別なり

今の法華経の文字は皆生身の仏なり。我等は肉眼なれば文字と見る也。たとえば餓鬼は恒河を火と見る、人は水と見、天人は甘露と見る。水は一なれども果報にしたがて見るところ各々別也。此の法華経の文字は盲目の者は之を見ず。肉眼は黒色と見る。二乗は虚空…

一生成仏

真蹟に「一生成仏」という言葉は一つもない。これですっきりした。

「如説修行抄」は偽書なのか?

平成の摂受・折伏論をめぐって(今成元昭氏の摂受本懐論) 「摂折論に関して」土屋信裕 私はミスター如説修行抄である。私以上に詳しい人を見たことがない。「御書に関するFAQ」で紹介した通りだ。ま、どこを質問されても大体答えることができる。 今成氏の…

未来の苦を償う

兄弟のように仲良くしている先輩の娘が病気になった。血球貪食症候群という難病だ。知らせてくれた際に「八王子方面の学会員からレバレッジ10倍の祈りを送ってもらいたい」と真剣な口調で言われた。すかさず「よしきた、合点承知」と応じた。 1週間ほど経過…

イズムの罪〜「勝負主義」と「現証主義」について

思想とは言葉である。いやちょっと違うな。訂正しよう。思想とは「言葉の構成」から成る。つまり、構成が変わると思想は変質したことになる。「くれた」という言葉遣いを私が許さないのもこのためだ。以前から温めてきたテーマなんだが、中々発展しないので…

観心とは

観心の長者から業を考える 祝創立記念日。私の入会記念日でもある。そこで本日は出血大サービスだ。子供達に語ったクリシュナムルティの講話によって、私は初めて「観心本尊抄」の意味がわかった―― 摩訶止観第五に云く〔世間と如是と一なり開合の異なり〕 「…

観心の長者から業を考える

少し長いがしっかり読んでくれ給え―― 一有大長者の事 仰に云く此の長者に於いて天台大師三の長者を釈し給えり、一には世間の長者二には出世の長者三には観心の長者是なり、此の中に出世観心の長者を以て、此の品の長者とせり、長者とは釈迦如来の事なり、観…

日妙聖人御書

然れども法華経に対しまいらすれば妄語のごとし綺語のごとし悪口のごとし両舌のごとし、此の御経こそ実語の中の実語にて候へ(1217頁) 爾前教と法華経とを相対された御指南。言論の真実性、論理の整合性、普遍的な実証性をも示唆していると感じる。ウェブ上…

竜の口の法難

さては十二日の夜武蔵守殿のあづかりにて夜半に及び頚を切らんがために鎌倉をいでしにわかみやこうぢ(若宮小路)にうちいでて四方に兵のうちつつみてありしかども、日蓮云く各各さわがせ給うなべちの事はなし、八幡大菩薩に最後に申すべき事ありとて馬より…

放火

まったく御書の通りだ。マッチポンプを繰り返す詐欺師に騙されるな。 讒言(ざんげん)の者共の云く日蓮が弟子共の火をつくるなりと、さもあるらんとて日蓮が弟子等を鎌倉に置くべからずとて二百六十余人しる(記)さる、皆遠島へ遣(つかわ)すべしろう(牢…

破良観等御書

組織利用に加担する諸君へ今日も御聖訓を贈ろう。私はミスター親切だ。 而(しかる)を此の邪義を人に信ぜさせんために或は大日如来より写瓶(しゃびょう)せりといゐ或は我まのあたり霊山にして・きけりといゐ或は師の慧果和尚(けいかわじょう)の我をほめ…

常忍抄

組織利用に加担する沖浦一派諸君へこの御聖訓を贈る。私に騙されたと思って、3000回読んでごらんよ。ものの道理が少しは見えてくるはずだ。 魔の習いは善を障(ささ)えて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候(981頁)

三度の高名と身延入り

個人的に「三度の高名(こうみょう)」を胡散臭く感じて仕方がなかった。若い頃からだ。何とはなしに、三回注意しても幕府が耳を傾けなかったから、大聖人がケツをまくって身延に引っ込んだ――という具合に考えていた。大体さ、「三度諌めて……」ってえのあ、…

社会的成功

功徳が社会的成功を意味するようになってから、組織の序列は信心以外の何ものかに変わった。それ以降、成果主義とは組織内における社会的成功を意味するようになった。私はこれを“仏法の資本主義化”と名づける。矮小化された教義はわかりやすいが、仏法の豊…

日蓮大聖人はサンスクリット語が読めた

吃驚(びっくり)仰天した。松山俊太郎著『蓮と法華経』(第三文明社、2000年)で紹介されていた。鎌倉時代にありながら、大聖人はコスモポリタン(国際人)であった。 天竺の梵品には車の荘り物其の外聞信戒定進捨慚の七宝まで委しく説き給ひて候を日蓮あら…

報恩抄を思索する その三

問うて云く天台伝教の弘通し給わざる正法ありや、答えて云く有り求めて云く何物ぞや、答えて云く三あり、末法のために仏留め置き給う迦葉阿難等馬鳴竜樹等天台伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり、求めて云く其の形貌如何、答えて云く一には日本乃至一閻浮…

報恩抄を思索する 読者からの指摘

1.「法の流布における勝劣=仏教の深さ」 これは文脈を少々読み違えていらっしゃるように思います。 世末になれば人の智はあさく仏教はふかくなる(328頁) 天台は戒定慧の三学のうち、一代超過の円定・円慧は漢土に流布したが、戒は小乗のまま(未解決)で…

報恩抄を思索する その二

昨日の続き―― 人の智はあさく仏教はふかくなる事なり(328頁) この御文は、例えを見れば明らかなように、「智が浅くなるが故、相対的に仏教が深くなる」のではなくして、反比例となっている。 前回、以下のように書いた―― 「法の流布における勝劣=仏教の深…

報恩抄を思索する その一

されども経文分明にありしかば叡山の大乗戒壇すでに立てさせ給いぬ、されば内証は同じけれども法の流布は迦葉阿難よりも馬鳴竜樹等はすぐれ馬鳴等よりも天台はすぐれ天台よりも伝教は超えさせ給いたり、世末になれば人の智はあさく仏教はふかくなる事なり、…

可延定業書

夫れ病に二あり一には軽病二には重病・重病すら善医に値うて急に対治すれば命猶存す何に況や軽病をや、業に二あり一には定業二には不定業、定業すら能く能く懺悔すれば必ず消滅す何に況や不定業をや(985頁) 真蹟/中山法華経寺 年月日なし/文永12年(1275…

経王殿御返事

いかなる処にて遊びたはふるともつつがあるべからず遊行して畏れ無きこと師子王の如くなるべし(1124頁) 【通解】どのような場所で遊び戯(たわむ)れていても、何の差し障りもないでしょう。自在に行動して何ものをも怖れない師子王のような境涯になるので…

日女御前御返事

リクエストがあったので、組織利用の文証を挙げておく。 又法華経をば経のごとく持つ人人も法華経の行者を或は貪瞋癡により或は世間の事により或はしなじなのふるまひによつて憎む人あり、此は法華経を信ずれども信ずる功徳なしかへりて罰をかほるなり(1247…

本尊供養御書

須弥山に近づく鳥は金色となるなり(1536頁) 類似した御文も挙げておこう。 衆鳥須弥山に近ずきて同色となるがごとく(1290頁) 衆鳥の須弥山に近ずきて一色なるがごとし(1319頁) 須弥山に近づく衆色は皆金色なり(1405頁) 対告衆(たいごうしゅ)である…

僣聖増上慢

或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂つて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるることを為ること六通の羅漢の如くならん、是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮て好んで我等が過…

真言諸宗違目

慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり(139頁) この御聖訓を、自民党で問題が起こるたびにダンマリを決め込んでいる公明党に贈る。真の友党であれば、苦言を呈することがあって当然だ。

すぐろく、すごろく、双六、雙六

大勝利 すぐろくの石は二つ並びぬればかけられず。車の輪は二あれば道にかたぶかず(1171頁) 車の輪の譬はなんとなく意味は解るような気がするのですが……。すごろくの「かけられず」とはどういう意味でしょう? 「賭けられず」だとしても、二つ並ぶと賭けれ…

妙法曼陀羅供養事

女人よりも男子の科はををく男子よりも尼のとがは重し尼よりも僧の科はををく破戒の僧よりも持戒の法師のとがは重し、持戒の僧よりも智者の科はをもかるべし(1306頁) 責任が大きくなるほど、罪も重くなる。幹部は襟を正せ。

千日尼御前御返事

但法華経計りこそ女人成仏悲母の恩を報ずる実の報恩経にて候へと見候いしかば悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願す(1312頁)

三世諸仏総勘文教相廃立

心の不思議を以て経論の詮要と為すなり、此の心を悟り知るを名けて如来と云う(564頁) 【通解】心の不思議なる実相を説き明かすことを、経や論の肝要とするのである。この心を悟り知った人を名づけて如来というのである。 一切の社会現象は人間より始まり、…