御書

「そしる」

御書で使われている「そし-る」の表記について。 そしる 16ヶ所 毀る 13ヶ所 謗る 8ヶ所 誹る 1ヶ所 譏る 1ヶ所 いずれも終止形のため、ちゃんと調べる必要あり。

開眼について

チト、時間がないので走り書きとなることを許されよ。 沖浦氏と樋田(とよだ)氏の法論動画を見て、少しばかり感じた点を。 まず個人的な所感になるが、私は以前から樋田氏に対して、ある種の敬意を抱いてきた。さほど彼のことを知っているとは言えないが、…

四菩薩造立抄

今に始めざる御志(おんこころざし)言(ことば)を以て宣べがたし何(いず)れの日を期してか対面を遂げ心中の朦朧(もうろう)を申し披(ひらかん)や(987頁) 種々の品々を供養した富木常忍へ礼を述べられたお手紙。やはり、「顔を合わせて」対話するこ…

両人御中御書

このふみついて両三日が内に事切て各各御返事給び候はん(1101頁) 二人の弟子に対して、「この手紙が着いたら、三日以内で決着をつけ、それぞれが報告をするように」と指示されている御文。勝敗を決するのはスピードである。スピードは責任感の異名でもある…

名を上げよ

以下の御聖訓を公明党候補者に捧ぐ―― 聖徳太子は守屋の悪を倒して仏法を興し秀郷は将門を挫いて名を後代に留む、然らば法華経の強敵為る御帰依の寺僧を退治して宜く善神の擁護を蒙るべき者なり(171頁) 当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経…

立正安国論

若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば速(すみやか)に情慮を回らしいそいで対治を加えよ(31頁) 地方分権が揺れている。次々と明るみに出た知事の不正と、財政破綻(はたん)が震源地だ。今年の4月には、夕張市が財政再建団体となることが既に決ま…

「兵衛志殿」の読み

小野不一 先月号の大白で、「兵衛志殿御返事」=「ひょうえのさかんどのごへんじ」となっておりましたね。するってえと、兄も「たゆうのさかんどの」って読みになりそうですね。 但し書きをしてくれると助かるんですがね。プラス、理由も。こっちが注意深く…

「生死一大事血脈抄講義」抄録 7

「法」という漢字は「サンズイ」に「去る」と書く。水が流れるという意味になる。水は平らかで、悠久であり、公平にして全宇宙に普遍的な意味をもっており、「去る」は久遠の過去から永劫の未来への流れを象徴しているかのようであります。また、悪を去らし…

「生死一大事血脈抄講義」抄録 6

十界といっても、決して固定した環境、客観的な情勢をいうのではない。自己自身の生死の山河の中に十界の当体があるということであります。 借金取りに追われるとか、受験勉強に苦しむなどということが地獄界の生命の一つとして考えられてまいりました。しか…

「生死一大事血脈抄講義」抄録 5

なお、これは生死を人間の一生、また三世という巨視の眼でとらえたものでありますが、私どもは瞬間瞬間にも生死を繰り返しつつ、一生という、より大きな生死を形成しており、小さな生命の生死が大きな生命の生死を支えていることも知らなければならないと思…

「生死一大事血脈抄講義」抄録 4

生を顕在化、死を潜在化ととらえる仏法の究極の哲理は、なんと、悠久、偉大な生命をみてとっていることでしょうか。 しかも、その生と死は不二であると説いているのです。生を働かしているものは潜在化した妙なるカであり、また、潜在化した生命は、やがて縁…

「生死一大事血脈抄講義」抄録 3

まず「生死」とは、生と死ということであり、大きく二つの意味があります。一つは、生老病死の四苦を略して「生死」といい、苦しみを表す場合と、いま一つは、永遠の生命観に立って、生まれては死に、死んではまた生まれてくるという、生死の流転を繰り返す…

「生死一大事血脈抄講義」抄録 2

「生死」とは、生まれては死に、死んではまた生まれてくる、すなわち生死流転の運命的なこの生命をいいます。 「一大事」とは、最も根本の肝要という意味であります。「一」とは、たくさんある中の一つということではなく、これ一つ以外にないという意味の“…

「生死一大事血脈抄講義」抄録 1

本抄は、恩師戸田先生が何度も講義してくださった懐かしい御書であります。 戸田先生は「この生死一大事血脈抄を読むのは、とても面倒です。スラスラ読んでわかったとも思うが、またわからなくなってくる。境涯が深まるたびに、読み方が深まってくる」という…

富士一跡門徒存知の事

一、御筆の本尊を以て形木(かたぎ)に彫(きざ)み不信の輩に授与して軽賎する由・諸方に其の聞え有り所謂日向(にこう)・日頂・日春等なり。 日興の弟子分に於ては在家出家の中に或は身命を捨て或は疵を被り若は又在所を追放せられ一分信心の有る輩に忝(…

余は二十七年なり

聖人御難事に「余は二十七年なり」(1189頁)とある。大聖人が初めて南無妙法蓮華経と唱えられてから、27年目に出世の本懐を遂げたことを示す御文である。 そこで、「27年」に関する豆知識を―― 牧口先生と戸田先生が会われたのが1920年(大正9年)の春。27年…

善無畏三蔵抄

仮令(たとい)強言なれども人をたすくれば実語軟語なるべし、設ひ軟語なれども人を損ずるは妄語強言なり、当世学匠等の法門は軟語実語と人人は思食したれども皆強言妄語なり、仏の本意たる法華経に背く故なるべし、日蓮が念仏申す者は無間地獄に堕つべし禅…

開目抄

されば日蓮が法華経の智解は天台伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事はをそれをもいだきぬべし(202頁) 小野不一 「慈悲のすぐれたる」(202頁)とは、日蓮大聖人が我々の凡智では想像も及ばない不屈の大慈悲の御信念で難を忍…

曽谷殿御返事

文句の一に云く「既に未だ真を発さざれば第一義天に慙じ諸の聖人に愧ず即是れ有羞の僧なり観慧若し発するは即真実の僧なり」云云、涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり。若…

阿仏房尼御前御返事

譬ば海上を船にのるに船おろそかにあらざれどもあか入りぬれば必ず船中の人人一時に死するなり、なはて堅固なれども蟻の穴あれば必ず終に湛へたる水のたまらざるが如し、謗法不信のあかをとり信心のなはてをかたむべきなり、浅き罪ならば我よりゆるして功徳…

佐渡御書

彼(かの)軽毀の衆は始は謗ぜしかども後には信伏随従せりき罪多分は滅して少分有しが父母千人殺したる程の大苦をうく当世の諸人は翻す心なし譬喩品の如く無数劫をや経んずらん三五の塵点をやおくらんずらん。 これはさてをきぬ日蓮を信ずるやうなりし者ども…

開目抄

心地観経に曰く「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」等云云(231頁) 何かをはじめても、つづかないんじゃないか、三日坊主に終わってしまうんじゃないか、なんて余計な心配はしなくていい。気まぐれ…

諌暁八幡抄

背景 弘安3年(1280年)12月 59歳御作 於身延 対告衆不明 真蹟:大石寺 一部、日興上人が代筆 弘安3年(1280年)11月14日、鶴岡八幡宮が炎上→1196、1286頁 源頼朝や北条義時などの廟所も焼失した。 鶴岡八幡宮は、元々、源氏の氏神→鎌倉の中心地→幕府の儀式…

撰時抄

欽明より当帝にいたるまで七百余年いまだきかずいまだ見ず南無妙法蓮華経と唱えよと他人をすすめ我と唱えたる智人なし、日出でぬれば星かくる賢王来れば愚王ほろぶ実経流布せば権経のとどまり智人・南無妙法蓮華経と唱えば愚人の此れに随はんこと影と身と声…

如説修行抄

今に至るまで軍(いくさ)やむ事なし(502頁) 本日、ニセ法主・日顕が盗み取った猊座から退く予定。C作戦の発動から丸15年が経過。大聖人の血脈が何処(いずこ)に流れ通ったかは歴然。凋落(ちょうらく)の一途を辿る日顕一派と、隆々たる発展を遂げる学会…

弥源太殿御返事

又御祈祷のために御太刀同く刀あはせて二つ送り給はて候、此の太刀はしかるべきかぢ(鍛冶)・作り候かと覚へ候、あまくに(天国)或は鬼き(切)り或はやつるぎ(八剣)・異朝には・かむしやうばくや(干将莫耶)が剣に争(いかで)でか・ことなるべきや・…

妙一尼御前御返事

法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候。(1253頁) 【2005年12月度座談会拝読御書】 背景 建治元年…

種種御振舞御書

何(いず)れの経をも行ぜよ仏法を行ずるには分分に随つて留難あるべし、其の中に法華経を行ずるには強盛にさうべし、法華経を・をしへの如く時機に当つて行ずるには殊(こと)に難あるべし、故に弘決の八に云く「若し衆生生死を出でず仏乗を慕わずと知れば…

松野殿御返事

【「十四誹謗抄」/建治2年12月9日 真蹟不明】 受けがたき人身を得て適(たまた)ま出家せる者も仏法を学し謗法の者を責めずして徒(いたず)らに遊戯雑談のみして明し暮さん者は法師の皮を著(き)たる畜生なり、法師の名を借りて世を渡り身を養うといへど…

持妙法華問答抄

又命已(すで)に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり(466頁) 大好きな御文の一つ。一念の奥底に随喜が脈打っているか否か。随喜なく、ほんの少しの義務感があれば謗法。 随喜の心も留(とど)め侍(はべ)らば謗法の分にやあるべかるらん(3…