折伏

摂受・折伏に関する考察

摂受(しょうじゅ)とは摂引容受(しょういんようじゅ)のことで、折伏(しゃくぶく)とは破折屈服の義である。 殆どの日蓮門下が「対話の方法論」と誤解しているが、実はそうではない。つまり、優しく諭(さと)すような話し方が摂受で、大きな声で相手をや…

紹介者の責任について

新入会のメンバーが活動しなくなったり、退転すると、「紹介者の責任」にする馬鹿者がいる。勘違いも甚だしい。例えば、入会直後からダメになった場合は、壮年本部長と支部長の責任である。そのための面接と家庭訪問なのだから。次に、初めは活動していたが…

和泉副会長の思い出

話は変わるが、和泉副会長がまだ20代の頃に、牧口先生と一緒に折伏に行った時の思い出をうかがったことがある。 当時、牧口先生は70歳前後であった。和泉青年が約束をとり、ある憲兵隊の将校のところに折伏に出かけた。ところが、せっかく牧口先生に足を運ん…

「折伏」「指導」の本義

一人の人間の生命を揺さぶり、動かしながら、正しい成仏への軌道へと導いてゆく――これが「折伏」の道であり、学会の「指導」の本義である。 【第9回全国婦人部幹部会 1989-11-29 創価文化会館】 たったこれだけのことが出来るか出来ないかで、地涌の菩薩かど…

若き先生を折伏した戸田先生の言葉

私の入信の日──昭和22年(1947年)の8月24日は日曜日であった。大変に暑い一日であったと記憶している。 当時は入会の儀式の勤行が今よりもゆっくりで、慣れていない長時間の正座で足が痛くて苦しかったことを思い出す。 私は戸田先生の人格を慕い、深遠な哲…

38年越しで、母が父を折伏

明日 投稿者:水無月はつか 投稿日:2006-12-16 21:51:07 No.15088 私の父が創価学会に入会いたします。私の父は来年1月の誕生日で70歳となります。私の母が昭和43年、御本尊を授持してから夫(私の父)の入会を祈り続けて38年。母の祈りが遂にかないます。母…

御本尊をいただく当日ダメになる

【問い】折伏しないと功徳がないというので、折伏しています。ところが、判まで押して、いよいよ今日、御授戒という朝になると、その前の晩に夫婦ゲンカをして、大抵ダメになるが、どうしたものでしょう。 【答え】折伏をしなければ功徳はありません。今のよ…

富士一跡門徒存知の事

一、御筆の本尊を以て形木(かたぎ)に彫(きざ)み不信の輩に授与して軽賎する由・諸方に其の聞え有り所謂日向(にこう)・日頂・日春等なり。 日興の弟子分に於ては在家出家の中に或は身命を捨て或は疵を被り若は又在所を追放せられ一分信心の有る輩に忝(…

自分自身が妙法の当体

それでは、教えよう。最後の一問を教えます。自分自身が南無妙法蓮華経で生きているということです。それ以外に折伏はないのです。覚えましたか。手練手管も方法もなにもありません。ただただ、おれは南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めることを、末法…

広布功労は折伏の実践者に

尚、トントン拍子で理事になったり、議員になったりした人がいます。やはり、折伏をし抜いてきた人と、折伏をしないできた人は、必ず後で大きな差がついております。折伏をしないでトントン拍子にきた人は、メッキみたいなところがあります。折伏をし抜いて…

師子王の如く正義を叫べ

妙法こそ、諸経のなかの比類なき「師子王」である。「師子王」である妙法を持(たも)つ私どもは、次から次へと襲いかかってくる、現実の荒れ狂った「百獣」の姿にも、一つも恐れる必要はないし、いささかも動ずることもないのである。 更にいえば、真摯(し…

納得は確信を与え、独断は不安と不信を与える

“納得”――いかなる場合でも、これこそが力である。納得は確信を与え、独断は不安と不信を与える。納得は心の交流を生み、押しつけは互いの心を遮断させる。納得すれば、人は自ら行動を起こし、工夫を始める。たとえ正しいことでも、納得できない限り、やる気…

折伏の意義

折伏ということを現代的に位置づけておきたい。折伏とは、人間としての共通の悩みに一緒になって苦しみ、それを語り合いながら、人間としての生き方に目覚めてゆくことである、と考えられる。言い換えれば、折伏とは自他ともの人間精神の覚醒運動であります…