指導

「折伏」「指導」の本義

一人の人間の生命を揺さぶり、動かしながら、正しい成仏への軌道へと導いてゆく――これが「折伏」の道であり、学会の「指導」の本義である。 【第9回全国婦人部幹部会 1989-11-29 創価文化会館】 たったこれだけのことが出来るか出来ないかで、地涌の菩薩かど…

指導を咀嚼せよ

ここで、まず申し上げておきたいことは、これまで私は数々のスピーチをしてきた。また、多くの学会の指導がある。 各地の広布の指導者である幹部は、まず、自らが率先して指導を読み、咀嚼(そしゃく)し、自分のものとしていただきたい。 そうでないと、ど…

我が地域への指導を記せ

先日、たまたま「沖縄創価学会」の公式サイトを見ていたところ、「永遠たれ“平和の要塞”」の素晴らしい一節が掲載されていた。全く記憶になかったので、全文はないものかと検索してみた。ところが、ただの1ページもヒットしなかった。 気になった指導を見つ…

指導主義

創価学会は指導主義である。つまり、“御本尊を拝もうではないか”と御本尊を指し示していくことが指導である。御本尊とは何かと説明することは第二義でよい。それよりも、具体的な実践活動を教え、題目をしっかりあげさせることが指導なのである。 ○ 質問を受…

指導とは「生命の調整」

テレビでも映像が揺れる時があるでしょう。その時には、やはり調整が必要です。何でも同じ方程式です。信心においても、間違いを指摘し、大聖人の仰せ通りの実践、功徳の出るような信心をさせてゆく。これが学会の指導です。テレビの映像が揺れたり、ラジオ…

言うべきことを言い切れ

指導者が非難を恐れて、正しい、言うべきことを言わなければ、もはや指導者とはいえない。ただ、うまく立ち回り、「悪」を放置したままにするならば、それは「偽善者」であり、「悪」をなすことと同じになってしまうからである。 【第3回中部総会 1989-01-29…

師子王の如く正義を叫べ

妙法こそ、諸経のなかの比類なき「師子王」である。「師子王」である妙法を持(たも)つ私どもは、次から次へと襲いかかってくる、現実の荒れ狂った「百獣」の姿にも、一つも恐れる必要はないし、いささかも動ずることもないのである。 更にいえば、真摯(し…

納得は確信を与え、独断は不安と不信を与える

“納得”――いかなる場合でも、これこそが力である。納得は確信を与え、独断は不安と不信を与える。納得は心の交流を生み、押しつけは互いの心を遮断させる。納得すれば、人は自ら行動を起こし、工夫を始める。たとえ正しいことでも、納得できない限り、やる気…

個人指導

個人指導を丹念にしている支部は、信心も深く確信も強い。また、生き生きとしている。したがって、そのような支部ならば、前進もし、安定もしている。また、明るく余裕があるようになっている。ただ表面的な多数の前での指導のみでは、どうしても信心も深ま…

正しき信心指導

正しき信心の指導を真剣に受け止め、真面目に実践した人は、見事な勝利の実証を示し、歓喜の人生を満喫している。反対に、信心指導を小馬鹿にし、また同志の真心の注意を聞き流してきた人は、いつしか正しき信心の軌道を外れ、哀れな退転の道を歩いている。…

一凶を禁ぜよ

信心の指導にあっては、悪の生命の本質を鋭くとらえ、その不幸になりゆく生命を破していくものでなくてはならない。 そうであってこそ相手は心から懺悔し自らの生命を直していこうとする。また逆に、反逆の心をあらわにする場合もある。しかし、それも妙法を…

三位房

三位房(さんみぼう)は、そうした環境に酔い痴れ、軽薄にも、いつしか自分の中身まで立派になったように錯覚していった。その姿を、大聖人は深く慨嘆しておられる。 こうした人間の弱さ、愚かさは、現代もまた同じである。政界をはじめ、社会的に華やかで尊…

指導を受ける

あまりにも基本的なことなんで、書くのもはばかられるが、こんなことすら知らない青年部が増えているので書いておく。 指導は一段飛びで受ける。地区幹部であれば本部幹部。部幹部であれば〈区〉幹部。 指導を受ける場合、白紙の状態でなくてはならない。自…

信心指導が学会の血脈

組織だけの、形式だけの部隊であってはなりません。信心指導も実をいえば、これは学会精神の血脈になるのです。大御本尊様を受持することは、これは当然、法華の血脈です。だが、一人ひとりに信心の指導をしきってゆく。お友達になって真心こめて指導しきっ…