教学

真蹟主義について考える

ゆくゆくは大きな問題になるであろう「真蹟」(真跡とも)に関する覚え書き。書こう書こうと思いながらも、いたずらに日が過ぎているので、中途半端な状態ではあるが書いてしまおう。 日蓮の遺文を我々は「御書」と呼んでいるが、直筆遺文を「真蹟」(しんせ…

クラフト(技能)とミステリー(秘伝)

まるで「血脈」を示唆する内容。日寛上人(1665-1726年)が六巻抄を著したのが1725年(享保10年)で見事に符合している。 西暦1700年か、あるいはさらに遅くまで、イギリスにはクラフト(技能)という言葉がなく、ミステリー(秘伝)なる言葉を使っていた。…

システムの安定性

空仮中の三諦の参考になる。 佐治●その万物流転の中で、昨日も僕は佐治晴夫だったし、今日も佐治晴夫なのですが……。 養老●それを僕はシステムの安定性と呼んでいるんです。要するに北里大学だとか日本政府と同じでしょう、と。北里大学は、仔細に見ると、毎…

虚実混合している伝統的日蓮思想観

私は仏教の専門家ではないので、本書(※ジャクリーン・ストーン著『Original Enlightenment and the Transformation of Medieval Japanese Buddhism(本覚と中世日本仏教の変容)』)の学問的意義を論ずる資格はないが、私の問題関心上には大きい意義を持っ…

「対談 激動の時代と日蓮」高橋克彦(作家)×中島誠(評論家)

国家が直面しつつある危機に『立正安国論』をもって警告を発した日蓮の思想と行動をめぐり、高橋克彦氏と中島誠氏に語り合っていただいた。 『立正安国論』の精神を現代に持ち込んで読む。 中島●NHK放送文化賞の受賞おめでとうございます。 高橋●ありがとう…

三度の高名と身延入り

個人的に「三度の高名(こうみょう)」を胡散臭く感じて仕方がなかった。若い頃からだ。何とはなしに、三回注意しても幕府が耳を傾けなかったから、大聖人がケツをまくって身延に引っ込んだ――という具合に考えていた。大体さ、「三度諌めて……」ってえのあ、…

発起衆(ほっきしゅ)

小林秀雄講演「質問の仕方」 小林秀雄

日興の教学思想の諸問題

宮田幸一

見宝塔品の奇跡的な二重構造

松山●このように見てくると、〈多宝如来〉を案出したことがいかに秀抜な工夫であったかを、あらためて痛感せざるをえませんが、「見宝塔品」の作者の天才的な頭の冴えは、この品全体にわたって発揮されています。 それは、この品での事態の展開が、〈釈尊〉…

法華経成立史

――成立的には「序品」というのは大分後なんだけれども、「法師品」までができ上がって、前に何を置くかというときに、しっかり構成されているという感じがしますね。それからまた、「見宝塔品」以下の諸品(しょほん)ができたときに、これらの「序品」とし…

法華経と日蓮

松山●そういう点、私にいわせれば羅什(らじゅう)訳はいいところも加わったけど、原文の『法華経』からも遠くて、あれだけ読んだらわかるはずがないというところがあるでしょう。それを――私は知るのが遅すぎたけれど――日蓮という方には、読み取っておられる…

白蓮は「太陽」の象徴

松山●小乗仏教や何かの宇宙の成住壊空(じょうじゅうえくう)なんていう考えではないかもしれないけど、普通の人の素朴な実感とすれば、太陽でも白蓮でも、今ある以上どんな昔にもあったし、それからどんな未来にもあり続けるということは、釈尊と白蓮あるい…

法華経には口伝があったと考えられる

――ところが、それ(※蓮)を隠さざるを得ない事情があった……。それは何だったんでしょうか。 松山●一つの原因として、私は『法華経』というのは本来非常に革新的というか、当時の仏教とは違うことをいっているためだったと考えます。 教説的に特別のことをい…

法華経の精神

松山●それで中村元先生とかいろいろな方が教えて下さっていることですが、案外、初期のジャイナ教と仏教はいっていることは同じだし、用語も共通のものが多い。それだけではなく、バラモン教などのいったことと違うことが強調されているけど同じところもいっ…

サッダルマ=プンダリーカ

第三文明社は本の作り方が拙い。本書の場合、不要なまでに厚い紙を使用している。また、対談であることを強調し過ぎて、文章がおかしくなっている箇所が山ほどある。更に、対談者が松山俊太郎氏と互角に渡り合えるほどの知識を持ちながらも名前を伏せている…

最澄(伝教大師)が建立した大乗戒壇の意味

晩年の最澄には、しのこしたことがあった。大乗の戒壇院の設立である。806年(大同元)には百余名に大乗の戒をさずけている。これは唐において天台宗の道邃(どうずい)からさずけられたものであり、それを最澄は弟子たちにさずけていたわけであるが、この大…

化儀を考察するヒント

儀式が誘発する一体感を、宗教的な人々は、神に近づいた経験として解釈する。この点で、宗教儀式は、人間と神との隔絶という大問題を神経生物学的に解決する手段になっている。 人間と神との隔絶は、あらゆる神話の中心テーマである。人間はもともと万物の源…

天台大師

天台大師智ギは、南北朝の時代、南朝の梁(りょう)代の末期、538年に荊州(けいしゅう)江陵(こうりょう)に生まれた。18歳で出家、20歳で具足戒(一人前の僧が守るべき戒律)を受けた。20代は大蘇山の慧思(えし)のもとで修行し、30代は金陵(きんりょう…

徳一

Wikipedia 徳一 徳一菩薩 「いわき」と徳一 徳一と「三一権実論争」 徳一の「如是我聞」訓読をめぐる二、三の問題 法相宗 最澄や空海の時代には、すべての仏教経典はブッダにより、この45年間に述べられたと一般には信じられていた。もっとも最澄と空海に論…

「説会の四衆」考

基本的なことではあるが、四衆に二意ある。一つは比丘・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)。出家男女・在家男女のこと。もう一つは説会(せつえ)の四衆である。これは機根に応じたもので、つまりはランク分けといって構わないだろう。発起衆(…

インド仏教における空の思想

ある基体(y)にあるもの(x)が存すると考えられる場合、xをダルマ(dharma 法)とよび、その基体yをダルミン(dharmin 有法〈うほう〉)と呼ぶ。「法」という語にはさまざまな意味がある。掟という意味もあり、義務、正義でもあり、教え、さらにはあらゆる…

化城

化城とは、現代でいうところの「ランドマーク」である。時代がやっと化城喩品に追いつきつつあるような感がある。 ランドマーク

僣聖増上慢

或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂つて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるることを為ること六通の羅漢の如くならん、是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮て好んで我等が過…

御書講義

質疑応答のない御書講義は意味がない。参加した人々の求道心を阻(はば)む行為といえよう。 「私の我見が入ってはいけないので」と言いわけをしながら、大白蓮華の解説を棒読みする者がいるらしい。「棒読みで講義を済ませる」こと自体が、“致命的な我見”で…

「化儀」とは社会への応用

化儀の“化”は応用です。“化学”の“化”は化ける方ですが。今、仏法の立場からは“形式”をいうわけです。制度とか政治になります。結局は、社会を意味することになるのです。 【四国第一本部地区部長会 1964-01-16 四国本部広間】 「化儀」が形式を意味するのは…

謗法払い

小野不一 今日、気づいたんですが、御書には「謗法払い」という言葉はありませんね。 その昔、突然亡くなった学会員の遺品を整理したところ、他宗のお守りが見つかった、なあんて話がまことしやかに語られていた(笑)。これは、ひょっとして、学会特有の都…

桜梅桃李

「桜梅桃李」に出典はあるのか? 以前、鯖さんが質問していましたね。私も気になって調べていましたが、出典らしきものは見つからず。 今回、たまたまネット検索をしてみましたら、新たな発見がありました。同様の質問と回答がありました。 桜梅桃李の語源を…

座談会を通して築いた組織は崩れない

信心をしていて、元気がある、生命力がある、活気があるということは一面、結構なことです。しかし、それ以上に大事なことは、一人ひとりが、いかなることがあっても、信心をいかに持続していくか、という点です。 そのためには、信心を内面に深化させていく…

勤行、座談会、教学が絶対の柱

言うまでもなく、創価学会の根本路線は、どこまでも正法の「信行学」の実践に尽きるのであります。その「信」の対象は、日蓮大聖人即久遠元初の南無妙法蓮華経如来たる御本尊であります。 「行」は、末法御本仏日蓮大聖人の仰せ通りの如説修行であります。 …

波木井は、「はきり」か「はきい」か?

小野不一 今日付の新聞(2006-04-18)で、波木井(はきい)となってますね。 はきり(波木井)どのの事は(1151頁) と御書には書かれておりますが、これは、「り」と「い」を読み違えていたってことなんでしょうかね? 鋏 小野さんの挙げられ御文以外に、「…