権威主義

権威の行き過ぎに対する最強の砦

「個人が権威に対抗しようと考えるならば、最もよいのは、その集団のなかから自分のことを支持してくれる人を見つけるということである。お互い同士が手を取り合うということこそが、権威の行き過ぎに対して私たちが持ちうる最強の砦なのである」(スタンレ…

庶民を見下す学歴至上主義は本末転倒

先生は、こうも述べておられた。 「日本の教育の普及は、明治以降、急速に進んだ。 戦後、大学も増大した。しかし、それが人間の幸せに本当にはつながっていない。 大学生の数は増えても、人格も、智慧も、見識も乏しい人間が増え、学歴自体が目的になってし…

学会は、ピラミッドではなく「同心円」の組織

学会の組織は、いわゆるピラミッドではない。全員が「妙法」の前に平等である。その上で、敢えて例えればかねてより申し上げている通り、中心者を囲む“同心円”といえよう。 宇宙もまた、中心を巡る無限の回転である。衛星は惑星の周りを、惑星は恒星の周りを…

権力者は民衆を手段に

要するに、悪しき権力者は必ず魔性となる。現実に私どもは、嫌というほどそれを見た。自分を守るため、また自分の権威を守るために、我々を“手段”とした。 真の指導者は自分自身を捨てて、民衆を“目的”とし、民衆を守る戦いをする。魔性の権力者は、「姿」は…

指導者観の革命=“リーダーは、民衆に奉仕する者”

ところで大聖人は、指導者が「親」として敬うべきものとして、「民」とともに、あるものを挙げておられる。それは「道理」である。 「国主は理を親とし非を敵(かたき)とすべき人にて・をはすべきか」(1524頁)――国主は「正しき道理」を親として従い、「あ…

権威への崇拝と盲従、現状容認と独立心のなさが日本の精神風土

「リーダーは、民衆の小使いである」との戸田先生の指導者論は、実は日本において革命的なものであった。 “お上には逆らえない”“長いものには巻かれろ”“寄らば大樹の陰”――。権威への崇拝と盲従、現状容認と独立心のなさが、長き伝統に培われた、日本の精神風…

幹部は“会員の小使い”

今、世界を「民主」の風が嵐のごとく吹き巡っている。先日も「ベルリンの壁」の崩壊という象徴的な出来事があった。民衆を抑圧する権威や権力を打ち破り、“我らの民主の時代を”との潮流が渦巻き始めている。 「民主」とは何か。それを考えさせるこんなエピソ…

「苦労してきた人ほど報われ、顕彰される」世界を築け

ドローゴの場合は、長年務めた挙げ句、いざ“栄光の時”を向かえた途端、苦労知らずの連中に放り出されてしまった。 我が創価の世界には、そうした不当な無慈悲の振る舞いは、片鱗だにもあってはならない。私も絶対に許さない。 陰の労苦もなく、若くして、ト…

学会員は「全員平等」

学会員は、仏法の眼からみれば、「全員平等」である。 学会の世界において“偉い人”とは、“役職の高い人”などではない。 偉いのは、折伏をやった人であり、わが地域に、立派な団結と幸福の組織をつくった人だ。 要するに、信心のある人、学会精神を大事にする…

権威を笠に着るのは“魔物”の存在

以前も申し上げたが、組織は「上」から腐る。上の幹部が要領を使い、威張ってばかりいたら、全体が腐ってしまう。人材も育たない。 それでは皆が可哀想だ。そういう幹部は、下から声を上げて突き動かしていくことだ。 権威を笠に着るのは“魔物”の存在だ。 学…

権威主義は必ず行き詰まる

学会は権威主義、ならびに名聞名利であっては絶対にならない。それでは必ず行き詰まってしまいます。自分の単なる感情で、下からの意見を抑制しては絶対にならない。伸び伸びと皆が意見を述べられるようにしてあげ、それで、よい意見は取り上げて、実行に移…

納得の指導で主体性を伸ばすのが仏法民主主義

創価学会は義務感で出来てきた団体では絶対にない。生きがいを求める人々によって生まれた世界である。各人の生きがい、主体性、積極的な活動を最も大切にするのが、創価学会本来の姿なのです。 したがって、幹部の命令主義、権威主義、無神経、傲慢な言葉づ…

封建主義が権威に隷属する精神性を形成

ところで、アジアを支配した封建主義や、南米に見られた神君主義は、人々の精神を、いわば骨抜きにしていった。つまり、人々は命令されたり、服従することに慣れきってしまったのである。そこに、ヨーロッパ人という“新しい主人”が侵入し、それに簡単に仕え…

指導主義

創価学会は指導主義である。つまり、“御本尊を拝もうではないか”と御本尊を指し示していくことが指導である。御本尊とは何かと説明することは第二義でよい。それよりも、具体的な実践活動を教え、題目をしっかりあげさせることが指導なのである。 ○ 質問を受…

「仏の同志」を最大に守り、讃えよ!

晩年の大聖人は身延の山中で、粗衣粗食の生活を貫かれた。 夏は草深く、冬は雪多く。 そこに質素な庵室を構え、令法久住のために重要な法門を説き、弟子の薫育に全魂を注いでゆかれた。 大聖人は訪れた門下を、それはそれは大切にされた。 門下の求道の姿を…

パワーハラスメント

上司による部下へのイジメが増加しているとのこと。これを、パワーハラスメントと呼ぶ。セクシャル・ハラスメントが性的嫌がらせのことだから、ま、職権的嫌がらせといったところ。モラル・ハラスメントというのも含まれるらしい。 Wikipedia 背景には、バブ…

指導者は支配者になるな

今後も、皆さま方をいじめ、見下して威張り、苦しめる幹部が現れるかもしれない。そして、学会に育ててもらいながら、逆に学会を利用し、皆さま方を犠牲にして、一身の名利を貪る有名人が現れることを私は心配する。また、現在もいるかもしれない。 狂った機…

傲り高ぶった人間は最低の人間

人間の“傲り”ほど醜い感情はない。恩師の戸田先生もこの一点には常に峻厳であり、よく「傲り高ぶった人間は、最低の人間である」と語気を強めておられた。 社会にあっても、また、広布の組織にあっても、決して“傲り”の人であってはならない。“傲り”の人から…

福沢諭吉「学者をほめるなら、まず豆腐屋をほめよ」

“学者をほめるなら、まず豆腐屋をほめよ”――この一言にも、そうした諭吉の真面目(しんめんぼく)は躍如としている。 現在においても、諭吉の叫びの意味は減っていない。むしろ、本当に人間として自己の本分を尽くした人が尊ばれず、華やかな名声や権威、金銭…

違いを生かせ

学会においても同じである。“自分は幹部だから”“高い役職だから”後輩の言うことを聞く必要はない、などというのは本末転倒である。どこまでも「信心」が根本である。組織上の立場をすべての基準とするいき方は、正しき信心の姿勢ではない。 人間の織りなす世…

形式的・教条主義的・観念的

ともあれ形式的、教条主義的、観念的ないき方では、人の「心」はつかめない。真剣に求めている人を、がっかりさせ、かえって、離れさせてしまう場合さえある。 小さなことのようだが、その小事に、惰性と甘えの一念という重大な課題がひそんでいる。指導者の…

人材育成なくば権威主義

第2の10年の大きな課題は、人材の育成と教学の振興にある。第1の10年間が量の増大であったとするならば、第2の10年は、質(内容)をあらゆる点で向上させてゆく10年でなくてはなりません。 その核となるのが座談会であり、そこでは、まず第一に人材の育成を…

円陣はダメ

座談会場には、小さくても、やはり机ぐらいはあった方がよい。円陣で座談会をという意見もあるが、全体をリードしていくためには、中心をはっきりしておいた方がいい。だからといって、中心者は決して権威ぶったり、堅い雰囲気をつくってはなりません。あく…