破邪顕正

山崎正友の死に思う

日蓮大聖人の殺害に失敗(竜の口の法難)した平左衛門尉頼綱が、その刃を弟子に振るったのが熱原の法難である。何の罪もない20人の農民信徒が拷問され、首謀者の烙印を押された神四郎、弥五郎、弥六郎は首をはねられた。平左衛門尉の私邸に、烈士の血潮が飛…

急告 あの山崎正友が急死!

敗訴続きの「裁判地獄」から遂に「無間地獄」へ 裏切り、謀略、犯罪を繰り返し悲惨な末路 【『フェイク』第990号 2008-12-30】 山崎正友が12月29日午後4時半過ぎに急死した。この日午後、神奈川県厚木市愛名の自宅で倒れ、東海大学病院に緊急搬送されて救命…

“魂の自由”を拡げよ

ともあれ、広布に邁進しゆく我々は真の仏子である。ゆえに、大聖人の御振る舞いを深く生命に刻み、仏子としての使命と誇りに、豁然(かつぜん)と目覚めていかねばならない。 世の中は矛盾に満ちている。しかし、御本尊の功力は宇宙大であり、三世永遠である…

「物事に間違っていなければ頭を下げてはいけない」

牧口先生は、よく言われた。 「物事に間違っていなければ頭を下げてはいけない。悪に対して負けてはいけない」と。 たとえ相手がどんなに社会的地位が高く、力のある人であっても、自分が間違っていなければ、絶対にへつらったり、馬鹿にされたりしてはなら…

“不純物との戦い”に挑め

今日、申し上げたいことは、純一なる信仰の世界を守り抜くために“不純物との戦い”に、ともどもに挑んでいかねばならないということである。清純であればあるほど、わずかの“不純”でも、大きな“乱れ”の因となり、やがては広布を破壊しゆく重大な要素となって…

「破邪顕正」といっても「破邪」が先

戸田先生は恩知らずに対しては、それはそれは厳しかった。こう指導しておられた。 「ひたすら現在の世相を見るに、人の道たる知恩・報恩の者が、ごく稀(まれ)である。ここに、社会の乱れが生ずるのである」 「恩を報ぜぬということは人間の特権を放棄し、…

汝の原野に挑め! 時代を開け!

人間共和の理想郷・岩手 「わたしたちは一層新しい、一層力に満ちた世界へ、変化した世界のうえに進出するのだ」 これは、岩手出身の詩人・富田砕花(とみた・さいか)氏が訳された、ホイットマンの詩である。 「岸辺を下り、隘路(あいろ)を越え、山々の険…

破折精神を忘れた者は生ける屍だ

「悪と戦う心」について、戸田先生は厳しくおっしゃった。 「破折精神を忘れた者は生ける屍(しかばね)だ。破折精神を忘れた者が幹部になれば、会員が可哀想だ」 悪を悪と言い切る。敢然と声をあげる。その勇気なきリーダーは「生ける屍」だ。 その本質は見…

開眼について

チト、時間がないので走り書きとなることを許されよ。 沖浦氏と樋田(とよだ)氏の法論動画を見て、少しばかり感じた点を。 まず個人的な所感になるが、私は以前から樋田氏に対して、ある種の敬意を抱いてきた。さほど彼のことを知っているとは言えないが、…

知恩・報恩の道こそ、幸福の道

仏法は、恩が根本である。恩を忘れた人間が、真に人間らしく生きることはできない。 また、恩や信義を忘れ果てた社会は、絶対に幸福な社会にならない。 仏法者の眼から見れば、恩というものを知らないがゆえに、どれほど多くの戦争が起こっていることか。 恩…

邪悪な幹部を責め抜け

師匠といっても、正義の師匠もいれば、邪悪の師匠もいる。 正義の師を求めよ! 邪悪の師を避けよ! その違いを鋭く見抜け! 決して、だまされるな! ──これが、蓮祖の峻厳なる戒めである。 邪悪な師には従ってはならない。従えば、皆が悪に染まってしまうか…

悪人は容赦なく責め抜け

戸田先生は、悪い人間に対しては、それはそれは厳しかった。 将来、学会の中から反逆者が出ることを予見され、「インチキな人間は追放しろ」と遺言のごとく語っておられた。 残念ながら、その後、同志のおかげで社会的に偉くなりながら、学会に反逆し、恩を…

悪の根を断ち切るまで戦い抜け!

先生は、学会の麗(うるわ)しい和合を破ろうとする者がいたならば、青年部が、ただちに戦えと厳命された。 「いくら立派そうに見えても、悪に対して、弱い人間、悪と戦わない人間は、結局、ずる賢い人間だ」 これが恩師の未来への警鐘であった。 最高幹部の…

戸田先生「悪への怒りなき者は去れ!」

更に、戸田先生の指導を紹介したい。 先生は言われた。 「どんなに人柄が良くても、立派そうに見えても、悪に対して弱い人間、悪と戦わない人間は、結局、正義がない。信念がない。本当の人格がない。ずる賢い人間だ」 「学会に、腰抜けの人間はいらない。悪…

悪に対して勇敢な声で責めよ!

思えば、中国の周恩来総理は、「永遠に革命」の精神で生き抜かれた人物であった。 私がお会いしたとき、総理のお身体は、すでに重い病に侵されていた。 〈1974年12月5日に会見。1976年1月に逝去〉 しかし、“愛する民を必ず幸福にしてみせる! 発展の軌道を厳…

敵を見抜く鋭い目を持て

そのことで思い起こすのは、戸田先生がよく言われていたことである。 “学会ほど純粋で、人のよいところはない。これほどの価値ある、素晴らしい団体はない。反面、悪い人間にとって、これほど利用できるところもないだろう。いわば獲物を狙う獣の前に置かれ…

沈黙は悪

更にいくつか、先人の箴言を紹介したい。 スウェーデンの作家ストリンドベリは、「ひどい目にあわされた方が黙っていると、悪漢の方が正しいことになってしまうのである」と述べている。 だから戦うのである。ひどい目にあった場合、断じて黙っていてはなら…

悪に対する攻撃精神を忘れるな

今、私は、これまでの歴史を整理しながら、学会の万年の発展のために、一つ一つ手を打っている。 戸田先生のご指導も、改めてまとめ始めている。 戸田先生はしばしば、「外交」について指導された。 「学会の正義を、世間にどう認識させるかが勝負である。外…

言うべきことを言い切れ

指導者が非難を恐れて、正しい、言うべきことを言わなければ、もはや指導者とはいえない。ただ、うまく立ち回り、「悪」を放置したままにするならば、それは「偽善者」であり、「悪」をなすことと同じになってしまうからである。 【第3回中部総会 1989-01-29…

舎利弗と目連

提婆が500人の弟子を誘惑し、破和合僧をはかった時、敢然と提婆のいる本拠地に乗り込んで戦ったのが、舎利弗と目連の二人である。 傲り高ぶった提婆は、やってきた舎利弗と目連を見て、この二人の高弟までが釈尊のもとを出て、自分になびいたものと思い込む…

連戦の中で“正義の哲理”は磨き抜かれる

すなわち、天台の戦いは、同時代の論客はもちろんのこと、「中国500年」「インド1000年」にわたる、釈尊以後のありとあらゆる邪義を論破しゆく、壮大な法戦であった。 その壮絶なる思想戦、言論戦に対し、当時の最高の権威という権威が、「雨のごとく」「風…

広布の世界で“濁り”を許すな

器いっぱいにたたえられた清水も、毒物を一粒入れたら、もう飲むことはできない。妙法はあまりにも清らかな法であるがゆえに、謗法へのいささかの妥協も許されない。 個人の信心においても、大聖人は、「何(いか)に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄…

人類の歴史は虚偽と真実の戦い

モウラン博士が厳然と貫いてきた信念は、いったい何か。それは、「真実の探求」であります。 人類の歴史は、一次元から見れば、虚偽と真実の戦いであったといっても、決して過言ではありません。 特に人間の心が濁れば濁るほど、争いや論争が絶えない時代と…

純粋な学会の世界を守り抜け

正しき、清浄な信心の世界を濁らせ、乱そうとする者とは、妥協なく戦っていかねばならない。これが大聖人の御心を我が心として、大聖人の正法正義を厳然と守り抜かんとされた御弟子・日興上人の深き御決意であられたと拝する。 「広布」と「信心」の学会の世…

天台門下は邪義の跳梁を黙止

華厳宗も真言宗も、かつての法相宗と同じく、時の権力に取り入り、力を伸ばした。とともに、いずれも天台の精緻な法門を巧妙に盗み取り、法義を構築し、理論武装していった。 これに対し天台の末学たちは、まことに浅はかというべきか、なすすべもなく、黙っ…

なぜ天台門下が邪義を破折できなかったか

大聖人の御文を受けて、第26世日寛上人は「なぜ天台門下が邪義を破折できなかったか」について、『文段(もんだん)』で簡潔明瞭にまとめておられる。つまり「初めには智慧薄きが故に、次に権威を恐るるが故に」(『日寛上人文段集』360p)と。 天台宗が歩ん…

邪悪への闘争心が巨大な力を引き出す

日蓮大聖人の御入滅後、日興上人は、一人厳然と正法正義(しょうぼうしょうぎ)を守られた。また、学会では、戸田先生が、師・牧口先生を獄死させた権力の魔性への復讐を誓われた。 師の心を心として悪と戦い、断固、一切を勝利へと導いていく、その強き一心…

僣聖増上慢を倒せ!

「極悪との闘争に妥協なし」の続き。 大聖人は僣聖増上慢を指して「出家の処に一切の悪人を摂す」(228頁)と仰せだ。続けて「当世日本国には何れの処ぞや、(中略)よくよくたづぬべし」(同頁)と強く教えられている。 邪宗日顕宗の登場によって、この御聖…

極悪との闘争に妥協なし

時折、聖教紙上座談会への意見を耳にする。云く「やり過ぎじゃないのか」、また云く「品位がなさ過ぎる」と。何となく一理あるような気にさせられる。 同様の指摘は、同志社大学教授の渡辺武達(たけさと)氏の『聖教新聞の読み方――創価学会・機関紙のエネル…