課題図書

科学上の新発見とは、誤った先入観から脱したということ

まず迷信や神話があって科学が、まず占星術があって天文学が、まず錬金術があって化学が生まれてきたのであって、何も知らない無知の状態から、徐々に知識が蓄えられて科学として成立したわけではない。科学上の新発見とは、それまで知らなかったことを新た…

宗教改革は印刷物を用いた思想宣伝運動だった

とりわけ宗教改革派は、活版印刷術を用いて安価で大量の宣伝パンフレットを流布させ、ひとびとの支持を獲得するとともに、自らの勢力基盤を確立した。「活版印刷術なくして宗教改革なし」といわれるゆえんである。宗教改革は、印刷物というマスメディアを用…

ルネサンスの残酷ぶり

この迷信と残虐の魔女旋風が、中世前期の暗黒時代においてではなく、合理主義とヒューマニズムの旗色あざやかなルネサンスの最盛期において吹きまくったということ、しかもこの旋風の目の中に立ってこれを煽りたてた人たちが、無知蒙昧な町民百姓ではなく、…

オサマ・ビン・ラディンとアドルフ・ヒトラーの共通点

こうして見てくると、オサマ・ビン・ラディンとアドルフ・ヒトラーの登場の背景には、大きな共通点が存在することがわかる。共に反共産主義の砦として、アメリカ政財界の「同じ」エリート集団の支援を受け、後に敵対したことである。共産主義ソ連の台頭に脅…

深いよろこび

いちばんかんじんなものが、私に欠けている。ささやかな生活のなかのささやかなたのしみを、おしげもなくなげうたせる深いよろこびが。 【『石原吉郎詩文集』石原吉郎〈いしはら・よしろう〉(講談社文芸文庫、2005年)】 石原吉郎

「もしもあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、あなたは人間ではない」

鹿野武一〈かの・ぶいち〉の存在は、私にとって『夜と霧』以上の衝撃であった。努力や訓練からこのような人物が生まれることはないだろう。周囲と断絶するほどの固有性が「存在」であり「真の生」なのだ。シベリア抑留も彼の魂を束縛することはできなかった。…

運命を引き受ける

ですから、私たちは、どんな場合でも、自分の身に起こる運命を自分なりに形成することができます。「なにかを行うこと、なにかに耐えることのどちらかで高められない事態はない」とゲーテはいっています。【それが可能なら運命を変える、それが不可避なら進…

群衆の部分と化す強制収容所の人々

強制収容所内の人間は、彼が抵抗して自己価値感の最後の高揚を試みない限り、まだ主体であるという感情を一般に失っていくのである。ましてや内的な自由と、人格的な価値をもった精神的存在などということは尚更であった。彼はもはや自分を大きな群衆の最小…

トルーマン・ドクトリン

いわば、世界を自由主義(善)と共産主義(悪)に二分して、悪との対決を宣言したのです。 これが「トルーマン・ドクトリン」と呼ばれます。「ドクトリン」とは、「理論」や「主義」という意味です。 世界を善と悪に二分して、どちらを選択するのかと問いか…

民間の石油会社や投資銀行、法律事務所がスパイの嚆矢(こうし)

アメリカに中央情報機関が置かれ、世界の隅々にまでスパイのネットワークが張りめぐらされ以前、そのスパイたちの役割を肩代わりしていたのは、民間の石油会社や投資銀行、それに法律事務所などのエリートたちであった。アメリカは真珠湾で日本軍による攻撃…

生きている意味

ところで、生きている意味について話をするということは、そのときすでに、生きている意味がなんらかのしかたで問題化しているからです。生きている意味がはっきりと問題視されるとき、すでに生きている意味がどこか疑わしいものになってしまっています。け…

ユーモアという武器

収容所生活を知らない外部の者にとっては、強制収容所の中に自然を愛する生活あるいは芸術を愛する生活があるというがごときことは、それだけですでに驚嘆すべきことのように思われるであろうが、しかしもし収容所にはユーモアもあったと言ったならばもっと…

人間の責任

人間は責任を「問われたり」、責任を「逃れたり」します。こうしたことばには、責任を負うまいとする抵抗力が人間にあるという教訓が示されています。そして実際、責任というものには測り知れないところがあります。責任というものを直視すればするほど、そ…

生命の意味についての問いの観点変更

反対に何の生活目標をも、もはや眼前に見ず、何の生活内容ももたず、その生活において何の目的も認めない人は哀れである。彼の存在の意味は彼から消えてしまうのである。そして同時に、頑張り通す何らの意義もなくなってしまうのである。このようにして、全…

集団の共同幻想

いかなる集団であれ、集団の文化、道徳、理想、規範、風俗、常識、制度など、そのほかいっさいのものが幻想の産物である。ある集団のなかで現実と見なされているものすら、幻想に過ぎないのであって、ある集団における冷静な現実主義者は、別の集団では熱に…

吉田松陰の自己中心性

さきに述べたように、現実感覚の不全が、外的自己から切り離された内的自己の宿命であるが、松陰の思想と行動は、現実感覚の不全、それに由来する主観主義、精神主義、非合理主義、自己中心性の典型的な例である。松陰にとっては、自己の主観的誠意だけが問…

ベトナム戦争の諸法実相

「ベトナム戦争でアメリカは勝てない」 私が最初にそう思ったのは、高校生のときでした。 新聞に掲載された一枚の写真を見たのがきっかけです。ベトナム戦争が激化していた頃の、ある日のことでした。稲穂が実った田んぼの真ん中を、アメリカ軍の戦車が走っ…

人類初の核実験

1945年7月16日、遂に核爆発が起きることになりました。世界初の核実験です。実験場に選ばれたアメリカ南部のニューメキシコ州アラモゴードの砂漠には、高さ30メートルの鉄塔が建てられ、この上にプルトニウム原爆が設置されました。 そして午前5時半。夜明け…

前衛党の無謬神話

「マルクス・レーニン主義は科学的社会主義である。科学的ということは、正しいということである。ゆえにマルクス・レーニン主義の党は正しい。正しい党が選出したリーダーは、もちろん正しい。リーダーは正しいのだから、その指示や命令によって行われるこ…

人と人との出会い

民は愚かである。そして弱い。虐げられても声を上げず、声を上げた時はいつも手遅れだ。集団や組織は効率を求めて形成される。個人は分業を割り当てられる存在となり、人間は細分化され卑小になってゆく。そして所属、帰属は必ず依存心を育てる。 現代社会に…

ペリー・ショックが日本国民を精神分裂症にした

ペリー・ショックによって惹き起こされた外的自己と内的自己への日本国民の分裂は、まず、開国論と尊王攘夷論との対立となって現われた。開国は日本の軍事的無力の自覚、アメリカをはじめとする強大な諸外国への適応の必要性にもとづいていたが、日本人の内…

我々は自分の信じている価値を体系化し、一元化し、絶対化したがる

明らかに創価学会とものみの塔(エホバの証人)を想定した文章である。反論を募集する。 第一に、生きるための価値を求めるふるまいは、きわめてはた迷惑である。そのような価値は幻想に過ぎないわけだから、心の底から納得できる確かな根拠があろうはずはな…

集団と個人

初めて読んだのは10年前のこと。当時、養老孟と石川九楊を併読して、脳味噌がグチャグチャになった覚えがある。唯幻論、唯脳論、唯字論といったところだ。 今読むと、驚くほどスッキリと頭に入ってくる。知的吟味、健全な懐疑、思想的格闘を経て初めて見えて…

孤独と怒り

孤独の何であるかを知っている者のみが真に怒ることを知っている。 【『人生論ノート』三木清(創元社、1941年/新潮文庫、1954年)】 三木清

極貧をはね飛ばす笑い声

生きるか死ぬかという貧しさの中で、人はかくも朗らかに生きることができる。富裕であっても侘(わび)しい人生を送る人は多い。父親が語る内容は、期せずしてハードボイルドのような文体となっている。 長橋カツエ 夜、飯をくってから、みんないろりばたに…

食欲と人間関係

「乳児はもし彼が全く何もしたくない時には、あるいは愛情を失った時には、食べることへの関心もなくなることがある」と、霜山徳爾はその著『人間の限界』のなかで述べている。 ひとはごくわずかな「感情の浮沈」によってその存在が深く惑わされてしまうもの…

呪術的思考

いまひとつ、この種の(強迫)神経症にかかる人の典型的な特徴として、精神医学者が「呪術的思考」と呼んでいる性癖があげられる。呪術的思考はさまざまなかたちをとるものであるが、基本的には、自分の考えがそのまま物事を引き起こす原因になると信じるこ…

追加

2010年8月分に『石原吉郎詩文集』を追加。やっと増刷された。

怠惰とナルシシズム

ここでもまた、われわれ人間全体に共通する怠惰とナルシシズムに直面する。要するにこれは、あまりにもやっかいな問題だったのである。われわれにはわれわれの生活がある。毎日の仕事にはげみ、新しい車を買い、家のペンキを塗り替え、子供を大学に入れなけ…

腐臭を放つ時代に反逆した雷電為右衛門

今月の課題図書。飯嶋和一は最も好きな作家の一人だ。雄勁(ゆうけい)な文章が清冽な人々を描き、縁(えにし)が交錯する様を劇的に描写する。巻半ばから私は泣けて泣けて仕方がなかった。江戸天明期、諸藩によって召し抱えられていた相撲界は腐敗していた…