資料

矢島周平という男

戸田城聖から矢島周平に理事長職が正式にバトンタッチされたのは、昭和25年(1950年)11月12日、創価学会の第5回総会である。 矢島の経歴については、さほど会内でも知られていたわけではない。 信州生まれ。本籍地は長野県小県郡禰津村。共産主義にかぶれ、…

13世紀は断続的な大飢饉の集中期

藤木久志氏は11世紀から16世紀までの500年にわたる災害や凶作、飢饉のデータベースの作成を通じて、中世に繰り返しあらわれるすさまじいその有様を見事に描いているが、それによる13世紀とは、地震の頻発ともあいまって、間歇的・断続的な大飢饉の集中期とさ…

松葉ヶ谷の草庵

聖人が庵室を結んだという場所が現在の松葉谷のどの地点であるかは明らかでなく、また聖人もその住庵についてしばしば小庵という言葉を使っているが、松葉谷という地名は記していない。古くより庵室の跡といわれているものに妙法寺・安国論寺・長勝寺の3ヵ寺…

王地とは

わが国の仏教は、よく言えば在家主義であるが、悪く言えば俗世間依存主義、つまり、世俗の権力の統制のもとに育ち、そのことを基本的に甘受してきたといったていの仏教であった。もちろん、出家とは、出世間とは、そもそも僧とは、ということを正面に据えて…

蒙古襲来

それから半刻余り、湿原の中で激しい戦闘が繰り広げられた。 太鼓と鉦がしきりに打ち鳴らされる。それに合わせて敵の兵が素早く移動や突撃を仕掛けて来る。矢の雨が敵味方構わずに降り注ぐ。泥に腰まで埋(う)まった兵を馬が踏み潰す。薙刀が首を刎(は)ね…

日蓮の身長

さてこれらの像(7回忌に造立した池上本門寺安置の等身大の木像、玉沢妙法寺所蔵の説法図、中山浄光院所蔵の水鏡御影)から推測し得る聖人の体躯は、骨格はたくましく肉付もよい方で、身の丈は1.8メートル(6尺)前後のがっちりした身体の持主のようである。…

熱原の三烈士

平左衛門尉頼綱は、鎌倉の法華宗弾圧の手段の一つと考えたのか酷しく神四郎等を責めさいなみ、10月15日、子息資宗(のち飯沼判官という)をして神四郎(兄)・弥五郎(弟)・弥次郎の3人に惨刑を加えてのち斬首した。日興の本尊分与帳に 次在家人弟子分 一 …

御遷化記録

御遷化記録 御遷化記録は、聖人の伊豆伊東の流罪と佐渡流罪、身延入山、身延を出て武州池上に入るまでを略記し、弘安5年10月8日の一弟子すなわち本弟子六人の定めの状、同13日の入滅とこれにつづく御葬送次第、10月16日付で白蓮阿闍梨日興が記録した御遺言の…

六老僧

聖人は池上に安着したが、臨終の近いのを知ってここを入寂の地と定め、同月25日、諸方から参集した門下の人々に最後の談義として立正安国論を講じ、翌月10月8日、本弟子6人を定めて滅後の法灯と定めた。 定 一弟子六人事 不次第 一 蓮華阿闍梨日持 一 伊與公…

悪の元凶・山崎正友 4 実弟・山崎浩三氏が痛憤の手記

希代のペテン師・山崎正友。その悪逆非道は、何の罪もない家族までも地獄の底に陥れるものだった。ここでは山崎正友の実弟である山崎浩三氏(岡山市在住、支部副壮年長)の手記を緊急掲載。大悪人・山崎正友の黒い正体を浮き彫りにする(見出しは編集部)。 …

原島嵩の母・精子

以下、「フェイク」の最新号(第1061号/2009-10-14)より抜粋。 事実、昭和27年2月10日付の聖教新聞には注目すべき記事がある。それは「監査部指令」として文京婦人部長の原島精子に対して「辞任を命ず。会長より許可あるまで謹慎する事。又その支部員は今…

2009年衆院選 各党得票率

政党 比例区 選挙区 民主 42.4 47.4 自民 26.7 38.6 公明 11.4 1.1 共産 7.0 4.2 社民 4.2 1.9 みんな 4.2 0.8 国民 1.7 1.0 諸派 1.5 無所属 2.8

2009年衆院選挙:比例区得票率

「九州沖縄」「四国」の健闘が光っている。足を引っ張っているのは東京と神奈川だ。 順位 都道府県 得票率 ブロック 得票率 1 沖縄 17.93 九州沖縄 15.19 2 高知 17.58 四国 13.03 3 宮崎 16.71 近畿 12.98 4 福岡 16.61 中国 12.95 5 和歌山 15.66 合計 11.…

昭和の初めに「生活」という言葉が流行した

「大善生活実験証明座談会」というネーミングも、こうした時代背景の中から生まれたのだろう。文明開化によって産業の合理化が進み、余裕ができた証拠と言えるかも知れない。 『生活の探究』(島木健作著、昭和12年)の続編が出てさかんに版を重ねていたその…

「対談 激動の時代と日蓮」高橋克彦(作家)×中島誠(評論家)

国家が直面しつつある危機に『立正安国論』をもって警告を発した日蓮の思想と行動をめぐり、高橋克彦氏と中島誠氏に語り合っていただいた。 『立正安国論』の精神を現代に持ち込んで読む。 中島●NHK放送文化賞の受賞おめでとうございます。 高橋●ありがとう…

小説『人間革命』:関連指導

1959-08-11 8月11日 遅く帰宅。種々、思惟(しい)――。 一、七回忌か、十三回忌かに、法悟空の名をもって、約十余巻にわたる『人間革命』を著す決意をする。 幼少のころ、新聞記者になることを決意する。これ「聖教新聞」の発刊で満足。少年のころ、文学者を…