心血、人の千倍

 何の分野であれ、「一流」への道は、甘いものではない。他の人も真剣である。ぎりぎりまで努力している。しかも、他の人と同じ程度のことをしていたのでは成功はおぼつかない。
血、人の千倍」――私は、ある芸術家に、こう書いて激励しようとしたことさえある。ともあれ、“超一流”の実証とは、常に人々が像もつかないほどの血を注ぎゆく努力と鍛えの結晶以外にはありえない。


【第4回本部幹部会 1988-04-22 創価文化会館


「祈りとしてかなわざるなし」が甘えになってはいけないとの指導である。


 戸田先生は、「信は一人前、仕事は三人前せよ」と仰せだ。何となく淡い期待を抱きながら、何となく題目を唱え、何となく一日を過ごしていることはないだろうか? 「信は半人前、仕事は一人前」だと、こうなりがちである。


 また、一の奥底(おうてい)にどのような願いがあるかを振り返ってみると、いつしか、楽な生活や、有や成功などを望んでいる場合もある。若い男子部であれば、「彼女さえできれば、後はどうなっても構わない!」というのも中にはいるだろう(笑)。


 低い境涯のまま祈りを重ねても、得られるものは少ない。我が境涯を深い次元から見つめることなくして欲望に翻弄されていては、人間革命の軌道から外れた信だ。


 吉川英治が裕福な青年にこう語ったという。

 君は不幸だ。早くから、おいしいものを食べすぎ、美しいものを見すぎているということは、こんな不幸はない。喜びを喜びとしてじるが薄れていくということは、青年として気の毒なことだ。


 何度も何度も先生が教えて下さった言葉である。夏季研修でも引用されていた。

 天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか(254頁)


「法華を識る者」とは人間として一流の人である。されば、一流の人物は、社会人としても一流であり、サラリーマンとしても一流であり、主婦としても一流であり、自営者としても一流であり、パートタイマーとしても一流であり、学生としても一流でなくてはならないだろう。


 私が中等部の頃、「信プラス努力」と教えられた。信だけだと、盲信になったり、狂信になる可能がある。日蓮法が社会変革を目指す以上、信によって培われた生命力を社会で発揮することが求められるのは当然だ。

 まことのみちは世間の事法にて候(1597頁)


 我が同志が社会で、そして世界で、一流と輝くことが大折伏に通じることを確信して。

革命の実像

 そこで一生懸命、毎日毎日研究し、失敗しては人に笑われても、(ライト)兄弟は努力を重ねた。
 約3年後に、自分達の研究の結果をためす時がきた。わずか5人の観客だったが、ライト兄弟は飛んだ。たった59秒で260数メートル、それが今日の大航空時代の宣言の日になった。
 59秒、200数十メートル、観客は5人。これが革命だ。


【第1回全国未来会 1971-05-03 聖教新聞社】


 革命の実像は小さな変化だ。人々が抱いている「無理だ」「できるはずがない」との先入観を打ち破る瞬間に革命の真実が光る。若き先生が築かれた、文京・蒲田・札幌・大阪・山口での法戦は、革命そのものだった。


 我等の革命は、宗教革命にして人間革命なり。一時的な革命ではなくして、永久革命である。

小さな挑戦

 しかし、時代の変革といっても、それは急になされるものではありません。一人の、ある個人が「よし、やるぞ」と小さな力を奮い起こし、挑戦するところからなされていきます。新しきものの建設や開拓といっても「全面的に個人の力」に負っているのです。皆さん方は未来の人です。負けたり、流されたりしないで、今後、どうしたらこの行き詰まりを破り、新しい平和な地球を構築できるかを考えてもらいたい。そして、自分自身に挑戦していただきたい。


【『未来への誓い 創価学会中等部指導集』】


 中学生と全く対等な目線から指導されている。中等部に対する敬のこもった眼差しは、彼等を甘やかすことを許さない。世界の平和を共に担おうとする呼びかけは、中等部を大いなる飛翔へと誘(いざな)う。