「先生より、泰山も裂けんが如く、叱咤さる」

昭和29年/1954年》


 1227日() 快晴


 昨日、先生宅に、お歳暮にお伺いする。
 先生より、泰山も裂けんが如く、叱咤さる。
 厳父の怒り、先生の激烈なる大音に、身のすくむいなり。


 嗚呼(ああ)、われ過(あやま)てり。先生の仰せどおりなり。人生の落伍者にならぬためへの厳愛。
 敗戦の将軍とならざるための訓戒。
 ここ数日、自己の罪、宿命をみつめ、泣き、憤り、索して、先生のご期待に応えんと決する。


 先生の力、力の如し。先生の眼、眼の如し。真実の師弟の情、今ここに肺腑(はいふ)につきささる。お許しを乞い、生命を賭(と)して、更に広布の先陣に立つのみ。


 一日中、木枯らし吹く、寒き日であった。
 わが胸臆(きょうおく)と同じ暗さで――。


【『若き日の日記』】


 厳しき訓練と、偉大な人格は比例する。甘やかされて育った子供は、可能の芽を摘まれているのだ。


 昭和29年だから、既に蒲田・文京で指揮を執り、75万世帯達成への牽引力となり、部隊長を経て参謀室長となられていた。小樽問答の約2ヶ前である。


 その若き先生が、人の知れないところで、これほど厳しい訓練を受けられていた。戸田先生の厳しさは、まさしく、師子が我が子を千尋の谷に突き落とす様相を呈していた。師子の子は、突き落とされても突き落とされても、奮迅の力で谷を這い上がった。周囲の目から見れば、あまりにも理不尽な仕打ちだった。否、狂気の沙汰だった。それでも、師匠を信じた。信じて信じて信じ抜いた。


 真実の師弟とは、温もりや癒しとは無縁だ。修羅の如き葛藤を乗り越え、灼熱の温度を放って輝く太陽の世界なのだ。


 現在、これだけの指導をしてもらいながら、自分の中で革命のドラムが轟いていない人は、師じてない人であろう。

頭に刻め生命に刻め

「私は、生きた学問を教えたいのだ」というのが、開講にあたっての戸田の言葉であった。
 戸田は、授中、ノートをとることを許さなかった。彼は、こんな話をした。
 ――ある蘭学者が、長崎でオランダ医学を学んだ。すべて書き取っていたため、筆記帳は行李いっぱいになった。ところが、海を渡って帰る途中、船が沈んで、筆記帳を失ってしまった。頭のなかには、何も残っていなかった。
「だから、君たちは、頭のなかに入れておくのだ。メモはだめだ」
 伸一は、毎回、生命に刻みつけるいで、戸田の授を聴いた。
 この講義は、戸田が他界する前年の57年(昭和32年)まで続けられたのである。
 戸田は、まさに全生命を注いで、伸一をはじめとする青年たちを育てたのだ。


【『新・人間革命』「羽ばたき」6 聖教新聞 2004-10-15付】


 この“戸田大学”に、私が知る先輩も参加していた。現在も、広布最前線で会員の激励に奔走されている。その揺るぎない信から、多くのことを学んだ。戸田先生池田先生の指導が、骨身に染み込んでいるかの如く、言葉の一つ一つに代々の会長の精神が漲(みなぎ)っている。それは過去に教わった知識ではなく、現在に生きる人々をも蘇生させる智そのものである。師匠と直結することによって、人生の荒波を乗り越えてきた草創の大先輩の後に続くを誓うのみである。


 この指導は、昭和40年代のスピーチでも紹介されている。


 ある教育者が、「学ぶということは、変わることである」と言っている。学ぶことによって蒙が啓(ひら)かれれば、進むべき道は広がる。戸田先生の胸の中には、「学ばずは卑し」「学は光」という牧口先生の教えが脈動していたに違いない。


 虫眼鏡などによって光を集中すると、高熱を発し紙が燃え上がる。人間も集中すれば、信じいエネルギーを発する。ベストセラー『頭の体操』で有多湖輝(たご・あきら/千葉大学誉教授)氏がこう書いている。

(歴史上に登場してきた)天才のの中にひそむ、炎のような情熱と、創造への志は、それ自体ひとつの謎であり驚異であるが、これを、現実の偉大なる績に結びつけたものは、彼らの精神が持つ、極度の集中力であったことは間違いない。いわば“天才”とは、集中力の達人と言い換えてもよい。


【『集中力がつく本』(ごま書房)1981年】


 また、「集中力とは、孤独・内閉に向かう力だ」とも。対象と自分との間にピンと糸を張り詰めた状況が集中だ。


 祈りも集中だ。激励も集中だ。折伏も集中だ。御書講義も集中だ。


 釈尊は経典を文字として残さなかった。滅後に大勢の弟子が集まり、「是(かく)の如きを我聞きき――」と多聞第一の阿難が経を誦(じゅ)し、全員が「確かにその通りだ」と賛同するまで繰り返されたと伝わる。

 彼の千人の阿羅漢の事をひいでて涙をながし、ながしながら文殊師利菩薩は妙法蓮華経と唱へさせ給へば、千人の阿羅漢の中の阿難尊者はなきながら如是我聞と答え給う、余の九百九十人はなくなみだを硯(すずり)の水として、又如是我聞の上に妙法蓮華経とかきつけしなり(1360頁)


 あらゆる経典の冒頭に、“如是我聞”の四字がある。天台大師は、「我聞とは能持の人である」と述べている。


 いつの日か我々も、涙と共に、「あの日、あの時、池田先生はこのように指導された」と語る日が来ることだろう。その時に、悔いを残さないためにも、今なされている指導を如是我聞しなくてはならない。

メモ

 最初に大幹部として、特に気をつけていただきたいことは……書く必要はありません。一々書かなければ自分のものにならないような人は、大幹部の資格がありません。だからといって、書かないで、みんな忘れてしまったならば、また資格がないし、その点は要領よくやりなさい。


【大幹部会 1961-12-23 総本山大石寺大講堂】


 戸田先生からどのような訓練をされてきたかが窺える指導である。また、厳しい内容の中にも絶妙なるバランス覚が発揮されている。「要領よく」との一言は「価値的に」という味であり、無駄を許さない真剣ないが伝わってくる。


 戸田先生は「慈悲があれば記憶は鮮明になる」と言われた。


 上記指導は「如是我聞せよ!」との師子吼と私はじる。「紙で受け止めるな。生命で受け止めよ!」との気魄(きはく)が迫ってくる。


 後輩に伝達するためにはメモが必要だ。しかし、メモをとると、伝達が目的となり情報と化してしまう恐れがある。一番大切なことは、指導を生命に刻みつけ、信と決を深めてゆくことである。


 弟子の安易な姿勢を鋭く破折されていて、忘れられない指導である。


 ちなみにこの後、指導されたのは、「創価学会は『誉主義』であってはならない」という内容だった。

試練か訓練か


 試練が人格を鍛え上げ、訓練が人間を作り上げる。とはいうものの、最近では訓練を受ける風潮自体が極めて薄れている。どこの組織を見ても、嫌われ役は一人もいない。


 理由は何だろうか? 単なる遠慮か。あるいは幹部の自信のなさか。気づいていながら注すらできない臆病者も多い。結局、無責任の現れであり、信が弱くなっている証拠といえよう。


 訓練を受けてない人は、試練によって人間革命・宿命転換をするしかない。否応(いやおう)なく戦わざるを得ない状況になった時、初めて信が深まる。


 学会幹部として求められる資質は、他人の配ができる能力といってよい。同の人は、気づかぬ内に宿命転換も進む。例えば、病気で悩んでいる人に関わって、一緒になって題目を唱え切ってゆく。励ましに次ぐ励ましを送ってゆく。こうした振る舞いによって、自分自身の病気の宿命をも転換してゆくことが可能となる。


 学会活動とは、ありとあらゆる種類の悩みを持つ同志を、守りに守り抜いてゆく作に他ならない。責任に燃えるリーダーであれば、「本当に自分の行動はこれでいいのか?」という自省のに駆られる。当然の帰結として先輩に指導を求めるようになる。真剣な求道に応えるべく、先輩の指導は厳しいものとなる。これこそが、理的な戦うリズムだろう。


 組織から信指導がなくなってしまえば、町内会と変わらない。形式的な会合になってしまえば、近所の寄り合いと一緒だろう。

 慈無くして詐(いつわ)り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり(139頁)

 其れに付いても法華経の行者は信に退転無く身に詐親無く一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥(たしか)に後生は申すに及ばず今生も災延命にして勝妙の大果報を得(え)広宣流布大願をも成就す可きなり(1357頁)


 今日一日の出会いに「詐親」がなかっただろうか。ひたぶるに互いの向上を望んで今世の契りを深めることができだろうか。これ以上、大事にすることはできない、これ以上、尽くすことはできない、という限界に挑みたい。