勝って、また勝つのが仏法

 戸田先生は言われた。「負けた時に、勝つ原因をつくることができる。勝った時に、負ける原因をつくることもある」と。
 勝って、また勝つのが法です。勝った時に、次に負ける原因をつくってはならない。勝った時にこそ、次もまた勝つ原因をつくるのです。
 それには、勝った喜びを「前進」の力に変え、徹底して当面の戦いをやり切ることだ。
 勝った勢いを「追撃」の勢いにして、広布の敵とは妥協なく戦うことだ。妥協した分だけ、は喜ぶ。を喜ばせれば、自分が罪を得ることになる。
事を為す」です。を出しきって、破折し、呵責し、学会の正義を叫んだ分だけ、その「事」を為した功徳は大きい。
 妥協しなかった分だけ、正邪の明暗がはっきりするのです。私が言うのではない。それが、大聖人の御精神なのです。


【『青年との「つれづれの語らい」』2 1992-12-15発行】


 20代を終えようとしていた私の胸に、矢の如く突き刺さった指導の一つ。


 連戦連勝が、青年部に課せられた使命である。悪条件であればあるほど、闘争を燃やして奮い立つのが真の革命児だ。


 勝利に酔い痴れると、その瞬間から天界となる。ま、有頂天といったところ。天界の喜びは刹那的なもので、主体に欠ける。それ故、六道というカテゴリーに属しているのだ。そして、は天界に住む。いい調子になっている内に、足元をすくわれる。六道の境涯は、常に環境に左右され、浮き沈みを繰り返す。


 我々の目的は広宣流布だ。途中経過の勝敗に一喜一憂するのはあまりにも愚かだ。最後の勝利を手中にするまで、戦いの駒を止めてはいけない。この世に、不幸な人が存在する限り、菩薩の戦いは止(や)むことがないのだ。


「郵政民営化法案」が政局にまで発展した。911日には総選挙が実施される。“先んずる者が人を制する”と自覚して、打ち出しを待たずして、戦いを起こそう!


 夏休みは、もう終わりだ(笑)。