学会は座談会で発展

 ともあれ、今日まで創価学会が発展してきた根本は、あくまで座談会です。これは、牧口初代会長、戸田前会長以来の大原動力であり、学会の大伝統です。どのような時代が来ても、ゆるがせにしては絶対にいけません。座談会を除いては他に法戦場なく、道修行を実践する場はあり得ない。その味において、座談会を最も大事にし、更に大前進をしていこうではありませんか。
 私達は、ただまっしぐらに信の土台を築き、学会を磐石にするために努力してゆきたい。それが、ひいては一切の勝利につながることを確信していただきたいのです。


【「創価学会座談会」/1968-01〜1969-04までの本部幹部会の指導を中に、まとめたもの】


 私が男子部となった頃の座談会は、そりゃあ酷(ひど)いものだった(笑)。行事で決められてるから仕方なくやってるような印象すら受けた。協議会は推して知るべし。もうね、我慢大会と言ってよかったね。


 ある時、そのことを部長に伝えた。
「全く、やってられないッスよ」
「じゃあ、お前が協議会で、『座談会が面白くないんですけど』って言えばいいだろう?」
「んなこたあ、できませんよ」
「じゃあ、文句を言うな!」
 以上、である(笑)。


 その時、部長から指導されたのは、「男子部は四者全体の参謀でなくてはならない。学会の一切を推進してゆく使命があるのだ。それは、座談会においても同様だ。男子部で式次第を考えて、地区部長と相談しながら、楽しい座談会にしてゆけ」と。


 当時、活動家は3。早速、地区部長宅へ足を運んだ。ま、やる気のない地区部長だったんで、こっちが言ったことは全部、そのまま通った。協議会でも、「男子部の皆さんが考えてくれたんで、これでいいですね」以上ってじでしたな。


 そこから、私の寸劇人生が始まった(笑)。女装したこともあれば、地涌の菩薩に扮したこともあった。座談会を経るごとに異様な盛り上がりを見せ、私は女子部の育成にも手を入れた。



 主体的に行動すれば、何をやっても本当に楽しい。上の写真は、男女両部長に入ってもらった時のもの。これが一地区だけの男女青年部である。左側が暗くなっているが、全部で27が写っている(友人1、少年部1含む)。特に大結集したわけではない。これが普通だった。ま、3年ぐらいかかったけどね。毎、統監25の内、23座談会に参加するようになった。当日参加は、25中17が最高記録。札幌西区では常に一位だった。しかし、最初っから一位を目指したわけではない。結果的にそうなったというだけの話。


 壮年・婦人は、芝居を見に行くような覚で座談会に集った。「今は、何をやってくれるのかな」と皆が楽しみにしていた。その中で陸続と青年が育った。座談会が完璧に仕上がった時、折伏が次々と決まりだした。とにかく、集まるのが楽しかった。皆と顔を合わせれば、悩みも吹き飛んだ。


 壮婦は関係ない。青年が立ち上がれば、組織はどうにでも変わる。

座談会で活躍し、育った人が真の学会っ子

 この座談会の実態は、座談会推進本部を設けて、全部、報告を受けることにいたします。
 私が推進本部長として皆さん方の地区の実情を全部掌握してゆきたい。私自身、土曜日には率先して座談会に参加する予定です。
 要領のいい人達や、利己主義の人を相手にする必要はありません。座談会で活躍し、育った人が真の学会っ子です。結局、教学、座談会こそ学会の礎であり、広布の推進力であり、一生成の根本原理なのであります。したがって、本当に学会を大事にし、愛し、守る人は、何を差し置いても、私と共に血と汗と涙を流して、この伝統ある座談会と教学で戦い抜こうではありませんか。


【「創価学会座談会」/1968-01〜1969-04までの本部幹部会の指導を中に、まとめたもの】


 この先生のを知れ。


 当時(昭和43年)は、に3回座談会が行われていた。しかも、18:30に始まり、終わるのが21:00だった。


 この頃の指導を一つ紹介しておこう。「6時半から班長会を行っているが、班長が揃わない」という部隊長の質問に、当時の男子部長が答えたもの。

 6時半用の班長、7時用の班長、9時用の班長――そんなものはないのです。そこを根本的に勘違いしている。それは最大公約数をとって会合の時間は決めるのだけれども、一旦、最大公約数を考えて、やると決めた以上は、ちゃんとできるようにしておくのです。
 例えば、3日後、7時に班長会をやるのだと決めたとする。色々と仕事はあります。それをやりくりして、7時にきちっと班長会ができるようにしなくてはいけないのです。(中略)
 諸君が部隊長会に対して本気になって取り組んでいるという姿がないことが、自分がまた今度は、人に言えないことになるのです。分隊長や班長を指導しきれないのです。そういう弱さではダメです。
【『前進』1965-12号】


 カァーーーッ、痺れるねえ(笑)。男子部はやっぱり、こうでなくっちゃいけないねえ。これ、石田幸四郎さんの指導である。


 今時ときたら、ものわかりのいい幹部ばっかりだからねえ。ピリッとしないも当たり前だ。


 昔、先輩からこんな話を聞いたことがある。その人は“伝説の幹部”だった。とにかく雄弁で、才気煥発で鳴らした人物だった。この方が座談会で話していた時のことである。参加していた一人の高校生が俯(うつむ)いていた。幹部は叫んだ。「顔を上げなさい! 人が話をしている時に下を向くとは失礼だぞ。私は命がけで話をしているんだ!」と。


 こうした真剣勝負の場面が確かにあった。相手のに巣食う“を切る”行為が、幹部に求められていた。それがいつしか形骸化し、単なる“気合い”となっていった。


 集まるのも戦いだ。人生は時間に支配されている。妙法に帰命することによって、我が一時間を支配できるようになる。これが一生成だ。時間に振り回されている人は、唱題の時間をコントロールできてない証拠である。う存分、自由に題目を唱える人は、大宇宙のリズムに合致した信即生活となる。


「こんなに楽しい世界なら、私も信したい!」――そう友人に言わさしめる座談会を築いてゆこう。

人はたくさんの顔を持っている


 ま、当たり前の話ですな(笑)。いい、悪いということを問題にするつもりはない。多面があることを知るべきだ、という話。


 人間ってえのあ、相手によって態度を変えるものだ。そこに、関係が表れるといってよい。極端なことを言えば、先輩と後輩に対する態度が一緒って人はいないでしょ(笑)。往々にして、「この人から、こうわれたい」という態度になっているものだ。


 誰しも、「この人だから話せる」ってことがある。同様に、「この人には言えない」ということもありますな。


 私を例にとってみようか。私はが大きい。態度が大きい。そして、威圧がある。言いたいことは、言ってのける。で、好き嫌いが激しい(笑)。口が悪い。短気で暴力的な傾向が強い。とまあ、あれだね、ヘナチョコ男子部からは一番嫌われるタイプだよ(笑)。


 そんな私だが、お年寄りからは好かれる。はっきり言って人気者だ(ニヤリ)。「私が、もっと若かったらねえ……」と、言われたことは数え切れないほど(自慢)。


 建て前や形式が嫌いなんで、ざっくばらんな、べらんめえ調になりがちだ。私は、訊きたいことがあれば、ストレートに訊く。婉曲(えんきょく)な言い回しは一切しない。


 更に典型的な学会っ子なんで、妙に人懐っこいところがある。それでいて図々しい(笑)。


 こんなじではあるが、聞き上手なんだよ。というか、そもそも人の話を聞くのが好きなんだよね。


 しかし、それでも知り得ないことがたくさんあるのだ。その事実を知ることが重要。


 例えば、同であればこそ話せることもあれば、同だからこそ話せないこともある。年代、立場、信年数など、数えれ上げばキリがない。


 そうであればこそ、自分が直接知り得た情報が全てだとい込まないことだ。その人を取り巻く様々な人から情報収集することが求められる。そうした行為自体が、“相手を知る”ことなのだ。


 そこに和合僧の必要があると私は信じる。