義母が入院


 1029日、義母が入院した。別の病院での医療ミスが原因だった。かみさんは大層憤慨していたが、私は「これで宿命転換できたな」と実した。


 初めて見舞いに行った時、「オウ、まだくたばってなかったか? 生きてんの?」と笑いながらを掛けた。そう、私は毒蝮三太夫よりも口が悪いのだ(笑)。


 しかしながら言いわけをさせてもらうと、実は私なりの深慮遠謀があるのだ。病人は死を忌避する傾向が強い。だが、死は誰人も避けようがない。死ぬことから目を背け、見ないように誤化すよりも、死と正面から向き合い、自覚することが私は大切だとっている。それが、人生に悔いを残さない秘訣であろう。


 前にも書いたが、ある座談会でのこと。方面指導委員をされている幹部が、退院したばかりのお年寄りにを掛けた。「そうか、危なかったんだ。退院できてよかったね。一番しかった時、『もう死ぬんじゃないかなあ』ってったでしょ? 配しなくていいよ。みんな必ず死ぬんだから」(場内爆笑)。


 あの、あっけらかんとしたユーモアが忘れられない。

小沢騒動の影響


 民主党のドタバタ劇が、支持者不在で行われたことに対して怒りのが上がっている。だが、小沢氏ほどの策士が情に任せて辞を表明することなど、絶対にあり得ない。必ず惑があるはずだ。進退を執行部に一任したことからも明らかである。


 私はどちらかというと、今回の騒動は民主党にプラスに作用するとっている。なぜならば、党内人事は国民にさほど関係がないからだ。誰の懐(ふところ)も痛まない(笑)。


 ところが、先日も書いたように今月から「値上げラッシュ」が始まる。こっちの問題は全国民に関わってくる。つまり、与党にとっては“時間の経過”がリスクとなる可能が高まる。


 私が民主党の代表だったら、値上げラッシュによって国民の不満が溜まりに溜まったところで、解散に追い込むところだ。総選挙が早まるのでは、と噂されているが、やはり明年の春になると踏んでいる。

魂の自由

 ともあれ、あらゆる権威を弾き返し、“魂の自由”を勝ち取ってゆく――。ここに本当の信仰の力がある。


【第11回関西総会 1989-10-12 関西文化会館


 昨日、関西池田記会館にて本部幹部会が行われた。実に7年ぶりの関西入りである。大関西、おめでとう!


 この指導に宗門問題の極があり、本質が言い尽くされている。例えば、上司にペコペコ頭を下げているサラリーマンは、「上司の肩書」の前にひれ伏しているのであって、人間に敬を表しているわけではない。“虎の威”と言ってよい。多くの場合、何らかの利害関係によって強者と弱者の立場が決まる。


 権威に弱い人々は、“魂が不自由”なのだ。世間に縛られ、既成の知識に盲従し、会社組織に隷属している。


 一見、最も自由であるように見受けられる「お笑いの世界」だが、実はデビューした年代で序列が決まっている。彼等の関係においては、芸ではなくキャリアがものを言う。チト、官僚臭いね(笑)。噺家(はなしか)なんぞの影響もありそうだ(入門順の序列)。「古いほど価値がある」というのは、骨董品の世界と変わりがない(笑)。


 家柄、学歴、人気、地位、誉、財産などの類いは、いずれも権威の象徴だ。影響力の大きさを考えれば、マスコミや政治家は更に権威の度を増す。そして、人間が精神によって支えられていることを踏まえれば、・信条に関わる権威が最大のものであり、宗教においては「衣の権威」と呼ばれる。


 淫祠(いんし)邪教の類いがなくならないのは、罪とを絡めたデタラメ話によって奴隷にさせられる人々が多いためだ。「信じること」と「騙(だま)される」ことは隣り合わせだ。オレオレ詐欺を見れば一目瞭然だ。嘘を信じた瞬間から、不幸な人生が始まる。


 我々は「衣の権威」に勝った。しかし多くの会員は、相変わらず「組織の奴隷」だ(笑)。私は違うよ。


 ただし、勘違いしないで欲しいのだが、自由を獲得するには、それなりの力が必要となるので、訓練期間を避けて通ることはできない。「自由」と「不自由」も紙一重だ。「わがまま」と「忍耐」という物差しだけで判断するのは軽挙に過ぎよう。


 下から上を動かせ。それが実現すれば、学会の成だ。真の自由とは、自立することである。青年よ、一人立て! で、その後座るな(笑)。