「知の戦国時代」を勝ち抜け

 さて、今日も少々スピーチをさせていただき、大切な集いの義を刻んでおきたい。
 諸君は若い。今、頭脳に刻み、覚えたことは、生涯の血肉となり、生きた知識となる。
 しかも時代は、「知の戦国時代」の様相をますます深めつつある。知力なき人に勝利はない。
 その味からも、私は論じておきたい。ありとあらゆる歴史やを。
 そして諸君に呼び掛けたい。「頭脳」を鍛え、「知」を磨き抜けと――。
 そうした訴えが必ずや、後世への確かな光明となり、楔となることを私は確信する。


【東京、文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


「何ためのスピーチ」か――全て、後継者である青年部のためだ。それにしちゃあ、求道に燃えてるのが少ないね。見たことないよ。ひょっとしたら、絶滅危惧種になったのかも(笑)。


 1980年1120日以来中断していた『人間革命』第11巻の連載が聖教紙上で再開されたのは、1991年53日のことだった。僧・日顕による総講頭罷免から、わずか4ヶ後であった。その発表をにした時の震えるような動は今も尚、私の体内に脈打っている。「いよいよ、遺恨十年の恨みを晴らす時が来たのだ!」と拳を握り締めた。


 全学会員が貪るように読んだ。切り抜きを持ち合って学んだ。部長会や人事面接では、章のタイトルとナンバーが質問され、答えられないと大変な目に遭った(笑)。


 渇して水を求めるが如く、師の指導を吸収した。知らず知らずの内に、広布のリーダーとなっていた。無の庶民が将軍学を学び、次々と闘士に変貌した。


 革命には志と理が不可欠である。我々の志を高め、理を深めて下さるスピーチの数々は、むしろ革命そのものだった。昭和54年と同じ轍を踏むことは断じて許されなかった。


「我が青春に悔いなし」と言えば嘘になる(笑)。そりゃあ、悔いはあるよ。でもね、「先生と共に闘い抜いた」という歓びの方がはるかに大きい。