仏教の時間観

 仏教の時間理解は基本的に現在指向である。それは前世も来世も説かなかったブッダの現世指向に起因するものらしい。転生説を容れるとしても、それは円環時間観の存在を示すことにならない。転生が、計測される同一の時間軸の上に起こるものとされていないからである。 物事はすべて移ろい行くものであり、不変な存在などない(諸行無常)というのが仏教の根本的な認識である。アビダルマではこれを「すべての存在は極分化された一瞬にのみ存在し、瞬間毎に消滅する」(刹那滅)という思想として展開した。従って、計測される時間の外にある。 龍樹に代表される空思想においても時間は、計測の外で現在意識を軸に考察されている。


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社会的チキンゲーム

国際政治学者●チキンゲームでは、どちらかが避けなければ二人とも死んでしまうわけですが、これが多人数になったものを「社会的チキンゲーム」と呼びます。
 社会的チキンゲームでは、誰か一人が全員の利益になるような犠牲にならなければなりません。もし誰も犠牲にならなければ、全員が被害を受けるのです。


司会者●具体例で説明していただけますか?


国際政治学者●有名なのは、誰か一人が犠牲にならなければ沈んでしまう救命ボートの状況ですね。もし全員がボートにしがみついていたらボートは沈んで全員が溺れてしまう。


【『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、2008年)】


理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)