確認事項


 最低限、弁(わきま)えておいた方がいいとわれる点をいくつか書いておく。地域によっては、何も教わってない青年部が目につくので。

御書拝読の姿勢


 御書は末法の経文である。それ故、拝読する場合は、勤行と同じ姿勢で行う。音吐(おんと)朗々、信を奮い起こして拝読すべきである。あぐらをかいたり、黙読は駄目。


 また、御書は大聖人から自分に頂戴したお手紙と確信すべきである。の外に御書を置いて、訓詁注釈に捉われるようではいけない。更に、大聖人からのお手紙であるから、御書の上に物を置いたり、御書を床に置くようなことがあってはならない。日本の場合、トイレに入った足で歩き回っているのだから当然だ。

禁句

「自分なりに――」


「自分らしく」と「自分なりに」は似ているが、全く違う質をはらんでいる。「自分らしく」は桜梅桃李で、「自分なりに」は我見である。結果的に「自分なり」の信となってしまっている。青年部においては「自分らしく」も本当は許しいところ(笑)。いつ、いかなる時であろうとも“先駆”を切って進んでゆくのが青年部の正しい姿勢であるからだ。当然、「マイペース」も禁句である。

「――くれた


「会合に出てくれた」、「頑張ってくれた」、「決してくれた」等々、枚挙に暇(いとま)がないほど。これは聖教新聞でも時折、見受けられ、その度に情を申し立てているのだが、直りそうな見込みはない。最悪のケースとしては、「入会決してくれた」というのがある。紹介者のために入会するわけではあるまい。「――くれた」という言葉遣いには、「――して下さい」と頭を下げているような姿勢が見え隠れしている。信は自分のために行うものである。この言い回しは、法を下げていることに気づくべきだ。

「(役職)をさせて頂いております」


 これは本部幹部会にて秋谷会長から徹底された通り。「――しております」でよし。分区単位の会合でも、直ってない地域が多い。

「悪しき権力と戦う」、「正義を証明します」


 これは、先生にお出しする手紙や報告書での禁句。「中部代表者会議(1997-05-26)」で先生が指導されている。後日、紹介する予定。

「とりあえず」、「一応」、「――います」、「――かな」


 これは禁句というほどでもないが、決発表で言うのは駄目。曖昧な一が、曖昧な言葉遣いとなって現れる。


 聞きしいものの代表に、「それでは元気一杯、学会歌を歌って参りたいといます」という司会者の発言がある。直ぐ歌うのに、「う」という日本語はおかしい。「歌って参りましょう」が正しい。

「させて頂いた」の多用。


 これは聞きしい。以前、「気合いを入れさせて頂いた」と言った男子部幹部がいた。これには笑ってしまった。

「力はありませんが――」


 これも先生からの注があった言葉。昔は常套句だったが、それ以来、禁句に。「力がなければ、力をつけよ」と。新任幹部の挨拶などで気をつけておきたい。

「――を中に題目三唱します」


「導師」という言葉は、第一次宗門問題によって禁句とされた。要は、信徒の分際で使うなということだった。それ故、創価の世紀を迎えた今、司会者は「導師」と言い切るべきである。唱導でも構わないが、禁句にされた過去の歴史をえば、やはり導師とすべきだろう。

組織


 金銭貸借・共同事は厳禁。




 男女一対一での行動は厳禁。




 会合中の携帯電話の使用も禁止。こんなのは、常識の範疇だ。先生からも何度も注があった。メイン会場で鳴らした馬鹿者もいた。どんなに小さな単位の会合であっても駄目だ。地域によっては、デタラメな幹部が多い。会合の団結を乱すの所為である。先輩であっても注すべきだろう。




 幹部は、後輩の家へ行った際、お菓子などの食べ物に手をつけてはならない。相手の家族が気を遣っている場合がある。それに甘んじてしまえば、幹部が来る度に気を遣わせることになる。ましてや、後輩のところで酒食にありつく幹部は言語道断である。昔は、「子供の明日のおやつを奪うな」と教えられた。

男子部における会合の優先順位(他は推して計るべし)


 1.創価班・牙
 2.民音鑑賞
 3.未来部などの専門役職(要は代わりに出るメンバーがいない役職)
 4.四者
 5.男子部


 これが原則である。


 今日の座談会に男子部の地区リーダーが来なかった。奥さんに訊いたところ、創価班大学校の運営委員をしているため、大学校生の折伏の応援に行ったという。これは、優先順位を誤っている典型である。


 折伏の応援は別の幹部に頼んで、座談会を優先するのが筋だ。座談会にも来ないような地区リーダーが応援したところで、折伏が決まるはずもない。


 創価班・牙会が優先されるのは、あくまでも任務、及び指導会の場合のみである。多分、内の地区リーダーは知らないだけなのだろう。そんなことすら教えていない先輩がだらしない。

青年部の所属


 青年部が所属するのは、「支部」ではなく「部」である。女子部の活動報告に至っては、「○○支部で部長をしている○○です」などという誤った自己紹介が目立つ。


 草創期にあって、青年部の組織は「部隊」であった。部隊は、支部とは全く別組織だったのだ。これに対して戸田先生より、「青年部は、一支部一部隊の体制を築け!」との厳命があり、現在の組織の原型となった。


 支部長・支部婦人部長の下(もと)に、男女の部長がいるわけではない。細かいことになるが、支部長・支部婦人部長と力を合わせることは正しいが、呼吸を合わせるのは間違いだ。その責任と使命においては全くの同格であることを自覚すべし。


 青年部が本部直結といわれる所以(ゆえん)は、ここにある。部長が呼吸を合わせるのは、あくまでも男女の本部長であり、分区男子部長・分区女子部長である。

兼任役職


 ラインの役職を兼任している場合、正役職が優先される。例えば、副部長兼任の地区リーダーの場合、基本的には他の地区へ入ることはない。地区リーダーとして先駆を切る実証を示すことが使命となる。たとえ、呼ばれたとしても行くべきではない。がかかった場合は、別の幹部を呼ぶべきであることを、ハッキリと伝えよう。


 もしも、地区リーダーが不在の地区があれば、それは幹部の責任であるから、副本部長や分区主任部長などを投入すべきだ。放置したままにしていると、幹部は必ずを受ける。

学会歌


 学会歌を歌う時は必ず正座で、姿勢を正し、真剣に元気一杯歌う。手拍子一つであっても功徳があることを確信すべきだ。

「同志の歌」


「同志の歌」は軽々しい姿勢で歌ってはならない。学会の魂ともいうべき歌なので、時と場所をわきまえることが必要。最初の2行は、詩を吟ずるように小で歌い、後ろの2行はを出し切って歌うのがルール。手拍子はしない。

「人間革命の歌」


 これも手拍子はしないのがルール。

振る舞い


 会合や対話において腕組みをするのは礼儀知らずとなる。幹部が腕組みしながら自分の話を聞いたというだけで、ブロック員が退転したケースも現実にある。近頃では、テレビなどでも腕組みが目立つ。理学的には、自己を防衛しようとする動作であり、を許してない証拠でもある。




 衛星中継に参加する際は正装であれ。男はネクタイ着用が原則。師匠がネクタイを着用して指導に臨んでいるのに、弟子が好き勝手な服装でいいはずがない。ネクタイをしなくても構わないのは、夏季研修の衛星中継のみ(※現在は夏季研修の衛星中継は殆どない)。




 常識として、短パンでの会合参加は控えたい。他人の家に上がる際も、毛ズネを見せるような恰好は礼儀を欠いてる。




 通夜・葬儀の手伝いをする際、ブレザーは失礼になる。ブレザーというのは軽装であることを自覚しよう。彼岸法要などの役員をする場合も同様。これは、現実に注したことがあって、いずれも牙会のメンバーだったことを付け加えておく。




 挙手は右手を握り拳で行う。




 一対一の指導、及び懇談の際は正面に座らない。理学では、向かい合うと敵対関係になりやすく、相手が身構えてしまうといわれる。横に座るのが一番、親密がある。占い師なども、絶対に正面には座らない。少しでも斜めに位置した方が話しやすい。

その他


 会館で扇子(せんす)を使用するのはやめた方がいい。金扇だと一つ3000円以上するとうが、結構、もろくて直ぐ壊れてしまう。私も過去に、一度の会合で三つほど壊したことがある(笑)。栄光会(東京)などの設営グループに頼んで、ウチワに三色を施したり、日の丸をあしらって使った方が経済的だ。ウチワはまず壊れないし、壊れても安いからね。見栄えもそれほど悪くはない。

車の乗り合わせ


 車に乗り合わせて会館へ行くことも多い。車を出してもらう場合、あくまでもお願いすることであって、指示することではない。時折、役職があるのだから、車を出すのは当然、という言い方をする幹部がいる。


 例えばこうだ。私の地区に車を持っているが、運転が手な60代の女ブロック幹部がいる。車庫入れに恐怖を抱いていて、車は持っているものの普段はバスを使用している。こういう方に対して、「乗せてくれる?」という連絡があったり、地区幹部から、車を出すように命ぜられたりして困惑している。ましてや、駐車場まで歩いて10分ほどかかるのだから。


 更に、これは現実にあった話だが、会館へ向かう途中で交通事故を起こしてしまい、同乗していた学会員が怪我をした。怪我をした学会員は運転手を訴えた。無論、訴訟を起こす権利は法律によって認められているのだから、この学会員を無闇に悪く言うことはできない。自家用車を持ってはいても、交通事故を定して、乗り合わせを嫌がる人も多い。


 乗り合わせは結構だが、最低限、こうしたことも弁(わきま)えておきたい。

正しい怨嫉


 どんなに正しくても、怨嫉は怨嫉だ。

婦人部への


 婦人部幹部に問題があったとする。この場合、情の申し入れ方については高等戦術を必要とする。真っ向勝負をすれば必ず痛い目に遭う。婦人部の根拠なき噂話によって、煮え湯を飲まされた人は数多い。四者の中で最も部員数が多く、昨今の指導も手伝って、壮年部を軽んじている婦人部は掃いて捨てるほどいる。


 かような状況下では、“婦人部を問題視したこと自体”が問題視される。その一方で、婦人部から寄せられた壮年部への情は、実に速やかに処理される(笑)。


 まず、壮婦の幹部に現状をしっかりと報告しておくことが必要。当然だが、問題のある人物よりも上位役職の幹部にだ。その中で、どういう経路で問題解決を図るかを相談することである。


 で、相談した幹部が、婦人部からの圧力に屈した場合、あっさりとあきらめて、祈りに専しよう。これが厳しい現実である。

コピー


 無駄なコピーを減らせ。特に、聖教新聞の記事のコピーなど不要だ。何日付の新聞を持参するよう、連絡すれば済むことだ。


 現在、大手企はペーバーレスとなりつつある。トヨタなどに至っては、社内に紙が殆どないとまで言われていて、他社から取り寄せる資料なども、紙のカタログは断るというほど徹底されている(事者用ゴミとなるから)。これは、経費節減もさることながら、環境問題への配慮からなされているのだ。各企はCO2対策に余がない。市民も注目していて、多少、高価であっても、環境に優しい品物が求められている。保存しない紙は、数時間後にゴミとなる。ゴミを燃やせばCO2が排出される。


 また、パソコンを持った途端、やたらと書類を作りたがる人も多い。


 学会は、こういうところに非常に鈍だ。善から行われていることであっても、お互いに戒め合ってゆきたい。


 その一方で、数年前からの経費節減によって、必要な書類までコピーさせない会館もある。学会本部からの打ち出しに盲従する官僚主義とは断固、戦うべきだ。こういう局長がいる地域は、遠慮なく秋谷会長宛てに手紙を出せばよし。


 書類主義は、必要な会話を失わせる。ウッカリしていた場合に、「先日、配布した書類に書いてあります」なあんてぬかす幹部もいる。互いに確認し合う作がなくなり、書類によってつながる関係になりがちだ。