全体人間を育てよ

 これから、21世紀の先頭に立つのは、どのか、どの勢力か――この熾烈(しれつ)な競争が始まっている。この競争は何で決まるか。一切、「人材」で決まる。「人物」で決まる。
「人格」と「力」を兼ね備えた総合的な人材――「全体人間」が必要なのでる。
「全体人間」の育成が、学会の目標である。
 いくら秀才でも、信がない。いくら有でも、哲学がない。いくら情熱があっても、知がない。忍耐力がない。いくら人気があっても、誠がない。
 これでは、「全体人間」ではない。偏頗(へんぱ)であり、ひとつひとつが、バラバラである。総合的な力になっていない。
 総合こそ、信仰者の徳である。「妙法蓮華経」には、徳も生命力も情熱も、知も福運も哲学も、すべてが総合的に備わっているからである。


【「5.3記」第33回本部幹部会 1999-05-01】


 智勇兼備を目指せとの指導。強力(ごうりき)の猛者(もさ)であっても、頭が悪ければ戦いには勝てない。智者であっても実行力に欠ければ、また同様である。


 信のリーダーであるならば、行学のバランスが求められる。どちらかに偏れば、その一組織に反映してしまう。行に傾けば多くの同志に対して説得力を失い、学に偏れば観論に堕す。


 広宣流布は総体革命である。だからこそ、全体人間が必要とされる。総合があれば、どんな人物に対しても、堂々と法正義を叫びきっていけるだろう。妙とは具足・円満の義である。偏頗な人物は、たとえ魅力があったとしても、自らの弱点を克服できてないが故に、必ず犠牲者が出る。