青年を育成せよ

 ロモノーソフの目的は、ロシアを担う「青年」の輩出にあった。私もまた「青年」の育成こそが最大の願である。
 人を育てる――。私のには、もはや、それ以外に何もない。学会は、世界の民衆の幸福と平和を担う、かけがえのない人類の希望である。この重大な使命を立派に後継し、未来に限りなく広げてくれる一流の人物を育てたい。広宣流布の本物の闘士をつくり上げたい。ただ、それのみを願い、祈って、私は矢面に立ち、諸君を守り、尊き広布の世界を守ってきた。
 諸君の成長のためには、どんな労も辛酸もいとわない。これが私の偽らざる情であり、また後世に示しきっておきたい信の生きざまである。


7.3各部合同総会 1988-06-26 創価文化会館


 人を育てようと努力してゆくと、必ず自分の悪しき生命の傾向に直面する。私の場合、極端に気が短く、この一点においては四条金吾も顔負けであろう(笑)。許せない幹部がいると、その瞬間から“敵”になる。後輩に対しても少し前まで、「縁を切るぞ、この野郎!」などと、しょっちゅう暴言を吐いていた。そこには、これだけのいで期待を寄せているのだから、応えて当然であるという甘えがあったに違いない。


 昨年、東京の下町から都下へと引っ越しをして、現在の地にいるが、あまりの組織の違いように驚かされた。まず、会合が殆どない(笑)。地区部長以上が対象となる会合は5分の1もないだろう。支部活動者会すら毎行われていないし、地区活動者会をいまだに地区協議会といっている。〈区〉の幹部会は衛星中継終了後に行われ、〈区〉長と〈区〉婦人部長による挨拶のみ。こうなると、組織全体としての触発が全くなくなってしまう。転入して、一番最初に挨拶をした時のことも、まざまざと覚えている。私のの大きさに皆、引きまくっていた(笑)。


 青年部に至っては目を覆いたくなるほどの惨状。四者の中でしっかりと信頼を勝ち得ている男子部は皆無。ある婦人部幹部が言った。「自分の子供だけは、ここの組織につけたくない」と。そんな問題発言すら、から納得できるような地域なのだ。〈区〉においては、上から下まで全滅という有り様だ。


 そんな中、私は地区の一人の男子部に目をつけた。大人しくて、自信のカケラも持ち合わせてない男子部だった。一度、渾身の激励をし、私の家で3級試験の勉強をすることを約束した。彼は初日から約束を破った。携帯に電話をすると、途中で切れてしまった。後日、訊いたところによれば、悪い友達につかまってしまったとのこと。色々と質問すると、結局、イジメられているようだった。私は気合いを入れた。それっきり、二度と来なくなった。今度会ったら、ぶん殴ってやろうかとうほど頭にきた。


 そんな時にこの指導を目にした。先生は、「どんな労も辛酸もいとわない」とまで仰せになっている。私の場合、労にまで至ってなかった。何度裏切られようとも、相手の可能を信じ抜く。何があろうとも見捨てず、激励し抜く。結局、人材育成とは、“育てられる側”の問題ではなくして、“育てる側”の問題であるとい知らされた。大いに反省。




 報社社長である北林芳典氏の新刊『日蓮大聖人と最蓮坊 師弟不二の契約』が惜し気もなくアップされている。山中講一郎氏に続く、研鑚の成果となるか? 最蓮房が日興上人であったとする独創的な説を披瀝している。当然ではあるが、学会認定の教学ではないので、組織で突然、話題にするような真似は避けたい。