慈悲は智慧につながる

 それにしても、大聖人が細やかに人情の機微をとらえられ、最大の真で門下を激励されている御姿に、私は打たれる。愛する同志、後輩のために、一人ひとりのの綾(あや)を丹にたどり、踏まえながら、どこまでも尽くし、守り抜いてゆく――この強靭にして慈愛豊かな人間にこそ、法の精髄があることを知らねばならない。
 戸田先生は、よく言われていた。――一次元からいえば、「慈悲」があるということは、即「智」につながっていく。真の「慈悲」の人は、あの人のためにどうすべきか、どうしてあげたらいいかと、常にを砕きに砕いている。ゆえに、誰も気に留めないようなところにも気がつき、うっかり見過ごしてしまうようなところまで、自然に見えてくるものだ――と。
 所詮、「智」といっても、決して特別な「力」や「才」がなければ得られないというものではない。
 広布への汲(く)めども尽きぬ信の深さがあれば、次第にからの「いやり」とか「配り」が備わっていくものである。
 しかも「智」は、単なる「知識」ではない。「知識」を生かし、活用していく源泉が「智」である。いかに「知識」があっても、“慈悲なきインテリ”“冷酷な知識人”であっては、本物の「智」はわいてこないし、「知識」のみでは、生きゆく力も、幸せの価値も見出させないであろう。
「慈悲」こそ、真の「智」の源泉であり、「信仰」の根幹である。


【港・目黒・渋谷合同支部長会 1988-09-12 東京・麻布文化会館


 慈悲即智であり、智即慈悲であるとの指摘は重要。は内より薫(くん)じて、ある時は慈悲と現れ、ある時は智と発揮される。


 引用された御書は、「富木殿御返事」(968頁)。富木常忍が大聖人に(かたびら)を供養したことに対するお礼の手紙。90歳になる母親が、子のために縫った。母が亡くなる1年前のことだった。富木常忍は60歳ぐらいであったと推測される。素晴らしい出来栄えに驚いた常忍は、自分が着るよりも、慕ってやまない大聖人に着て頂きたいとい、母と相談した上で大聖人に御供養したとわれる。

 一枚の衣に仕立てられた「」と「」のドラマ――大聖人は全てをご存じであられた。


 殺伐とした社会では、「無慈悲」が実されるばかりで、「慈悲」という言葉はふわふわと浮いた印象を受ける。日常生活の中で慈悲を実践に移しているのは、もはや学会員だけであろう。


 慈悲は抜与楽と訳す。友のを抜くためには同しなければならない。そして、悩んでいる人に楽を与えるには、迅速な行動が求められる。


 我が国では、阪神・淡路大震災からボランティア熱が高まった。ボランティアは慈悲の一分といえよう。尊い無私の行動を知り、「まだまだ人間も捨てたもんじゃないな」と銘した人々も多かった。


 ボランティアの語源は、ラテン語の「Volutas(ボランタス・自由志)」、フランス語の「Volunte(ボランティ・喜びの精神)」、英語では「Volunteer(ボランティア・志願兵)」とされる。まさに随自意の精神そのものであり、誰かに言われたから行うなどといった雇われ根はない。


 相手の尊厳を守るための、やむにやまれぬいが慈悲である。人を追い込んだり、問い詰めたりするのは無慈悲というのだ。慈悲は、表面的な優しさでもなく、厳しく叱ることでもない。分析することでも、評価することでもない。共に涙し、共に汗を流すという人間の絆であり、契(ちぎ)りである。


 されば、人のの深さを示したものが慈悲だ。友のしみを引き受ける精神が慈悲だ。

 日蓮が慈悲曠大(こうだい)ならば南無妙法蓮華経は万年の外(ほか)未来までもなが(流)るべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ(329頁)


 大聖人の慈悲を体現する学会幹部と育とう。