喜び身に余るが故に堪(た)え難くして自讃するなり(334頁)
これ、慢に似て慢にあらず。法華の慢と申すなり。
されば現に勝れたるを勝れたりという事は慢ににて大功徳なりけるか、伝教大師云く「天台法華宗の諸宗に勝れたるは所依の経に拠るが故に自讃毀他(じさんきた)ならず」等云云(289頁)
されば、「自讃」とは大確信の対話のこと。抑え切れない歓喜が、じっとしていることを許さない。人を納得させるためには理論が重きを為す。そして、人々に共感を呼び起こすのは歓喜の波動だ。我等の対話が、社会の改革に直結していることを思えば、少々の悪口もまた楽し。