熾烈な攻防戦の牙城となった立川文化会館

 学会破壊の嵐が吹き荒れた、あの第一次宗門事件。
 このとき、三類の強敵との熾烈な攻防戦の牙となったのが、第2総東京の立川文化会館であった。
 未来の発展を見すえた第2総東京の本格的な建設を、私は、立川から始めたのである。
 嵐に揺るがぬ“信の黄金”を、立川に築いてみせる──それが私の決であった。
 そして、懸命に東京23区を固めながら、時間を見つけては、何度も立川文化会館を訪れた。
 そこで、反転攻勢の時をまち、時をつくり、厳然と広宣流布の指揮を執ったのである。
 学会が一番大変なときであった。立川文化会館で、私とともに戦ってくれた同志のことは、今もって忘れることはできない。


【第2総東京最高協議会 2005-11-18 東京牧口記会館