元初の太陽を満々と胸中に昇らせよ

 元初の太陽を
   満々と胸中に昇らせ
  君よ! 君たちよ!
   この三世につながりゆく
    金の大舞台で
     瞳を輝かせ
      黒髪をなびかせながら
    完全なる軌道を
     悠々と進みゆくことを
      深く誓い合いたいものである


【『価値の日々』 1990-02-11発行】


 忙しくなると、全く文章を書く気がしない。ひとほど、ここも放置していた。過去の文章の手直しをするのが精一杯。「創価スピリット」の発行すら、ままならなかった。今日の新聞によれば、先生は『大白蓮華』の3号から「巻頭言」まで書いて下さるという。あな、恐ろし。それにしても、我々は先生に対して、いつまで、おんぶに抱っこを続けるのか? 「『是非、池田先生にご執筆を』との多くの要望があり」なあんて書いてるが、そんな話は鵜呑みにできないよ(笑)。いずれにせよ、先生の怒涛の如き偉大なる生命力を、ただ仰ぐのみ。


 この箴言(しんげん)は、確か私が25歳の時(1988年)の「創価新報」の元日号に掲載されたもの。創価班を中とする我が部の面々は、頭を抱え込んだ。あるメンバーが言った。「これ、厳しいッスよね。あっ、いや、先生が厳しいということじゃなくって……」。そう、我々には「なびかせる黒髪」がなかったのだ(笑)。あの頃はね、どこまで刈り上げて、短く七三に決められるかで勝負していたのよ。私がそれを“参謀室長カット”とづけた。


 そして、別のメンバーが弱々しく漏らした。「この指導を、もなく実践できるのはY君だけです」と。Y君はミュージシャンを目指している10代の青年で、髪を腰のあたりまで伸ばしていた。確かに彼なら、スキップでも髪をなびかせることが可能だろう。そこで、私が答えを出した。「わかったぞ! 少し整髪料の量を減らして、それでも髪がなびくだけのスピードを出せばいいんだ!」。我々はその場で腿(もも)上げを開始した(笑)。


 まあ、冗談とも本気ともつかぬやり取りだったが、この先生の言葉から受けた我々の動は抑えいものがあった。青春の日々を、決また決の連続で過ごすことができたのは、ひとえに師の言葉があったればこそだった。我々は文字通り、燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光のような指導を浴びて、革命児と育った。