新時代を開くのは青年の勇気

 彼は土産(みやげ)にバラの花などを採集して帰った。穏やかそのものである。それも当然、この岬が位置するのはカナリア諸島の約240km南。アフリカ全体の大きさから見れば、“航海学校”からでさえ、いかほども離れていなかった。
 ゆえに地理上の発見としては、ほとんど価値もないように見えた。しかし、それまでの「恐怖の岬」という「の境界線」「臆病の壁」を越えた。そこに決定的義があった。(ボジャドール岬に関するエピソードについては、前掲書を参照)
 遠洋航海に従事する「波濤会」の方からも、かつて同様の話をうかがったことがある。


 一人の勇者が壁を越えれば、あとは次々と続く。ついにアフリカ西海岸を踏破。やがてアフリカ南端「喜望峰」の発見(1488年)、インドへの新航路発見(1498年)と続く。
つまり、「大航海時代」とは、あの無の船乗りが、かの小さな岬をい切って越えた、その瞬間に本格的な幕を開けたのである。


 ともあれ、新しい時代を開くのは、常に青年の勇気である。誰を頼るのでもない。若き勇者が一人立つならば、いかなる困な道も切り開いていけるものだ。
 この後、マゼランの一行が世界一周に成功したのは1522年。王子の死から60年後、航海学校設立から100年後であった。えば、学会も創立60周年に過ぎない。戦後の再建からみれば、実質40年である。今、私は、創立100年、200年の確かな未来を目指している。そのための人材をいかに育てるか。広布という壮大な航海における課題もここにある。


第20回本部幹部会 1989-08-17 長野研修道場

 一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し(564頁)

 一は万が母といへり(498頁)


 その一人となるのか、それとも、誰かの後ろにくっついてゆくのか。


 夜の山道を車で走ると、直ぐにわかることだが、別の車が前を走っていると、非常に楽だ。しかし、自分の車しかないと、見通しが悪いため、神経を集中させて、慎重な運転となる。後続は楽な分だけ、新たな発見が少ない。


 我々の戦いの目的は人間革命にある。だから、成果が目的になってしまうと、必ず行き詰まる。その結果として、人が育たなくなる。何のための目標か。目標を達成する中で、いかなる人材群をつくり上げるのか。長の一にその理があって、初めて強靭な団結が生まれる。「我が生命の新たな地平を開いた!」という一人ひとりの実こそ、本物の勝利だ。