師への裏切りから地獄の境涯に

 スバッタにとって、師の慈愛の導きも、ただの「束縛」にしかじなかった。要するに、わがままに好きなことがしたかった。既にの根は腐り、堕ちていた。
 堕落した彼には、師が教える「正法」への従順など、実は面倒この上ないことであった。厳しく正義を説く師の存在も、の奥ではうとましい限りにっていた。
そこで釈尊を「独裁者」のように批判した。すなわち、「法」の支配が嫌なあまり、それを「人」の支配であるかのようにすり替え、中傷したのである。
 それほど嫌ならば、やめればよいものを、釈尊が健在の時は言い出せない。ここに臆病の本がある。
 そして、釈尊が死ねば、もう怖いものはない。“さあ、やっと自由になれた!”。彼は卑しく喜んだが、その自由は、成への厳しき軌道から完全に脱線した。“無軌道の自由”であった。
 否、“地獄への軌道”をまっしぐらに下降していた。そのことに気づかないほど、慢という生命の毒は、人を狂わせる。
 ともあれ、釈尊のいる時といない時とで態度を変えてゆく。状況に左右される。それが、「法」を中としていない「慢」の生命なのである。


 釈尊の時代でさえ、人のはかくも恐ろしい。末法の今、少々の悪人が出ることも、ある味で当然かもしれない。
 私どもは、その本を見破り、将来にわたって絶対に悪のうままにさせない力を持たねばならない。


第20回本部幹部会 1989-08-17 長野研修道場


 先生の命を狙った事件があったことを、我々は絶対に忘れてはならない。

 その後、藤原行正暴力団に金を払えず、逆に自分の命が狙われる羽目となり、国内を逃げ回った。オウム真理教は、司法によって厳しい断罪がなされたのはご存じの通りである。これぞ、還著於本人


 これからも、「先生さえいなければ、自分がい通りに創価学会を動かせる」と猛々しい妄を抱く人物が出てくることだろう。今はおとなしく、猫がネズミを窺うように、目を細めて機を狙っているに違いない。


 どんなに人柄がよくても、悪を見抜けないと幸せにはなれない。我々は、“いい人”であると同時に、“賢い人”、“強い人”でなけばならない。


 悪党は、その根が必ず諸法実相となって現れる。私の父が支部長の時、“御書を畳の上に直接置いた”という一点で、「原島教学部長はおかしい」と見破った。見る人が見れば、わかるものだ。


 官僚主義に毒された幹部を悠々と見下ろしながら、抑えても抑えきれない民衆の歓喜を爆発させてゆこう。