『日蓮入門 現世を撃つ思想』末木文美士

 天台の哲学は、中国で隋代に活躍した智ギ〈ちぎ〉(538-597)によって大成された。智ギの著作のうち、『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』の三書(正確にはこれらは智ギ自身の著作ではなく、講義録)は、天台三大部と呼ばれて、後に非常に重視される。『法華玄義』は『妙法蓮華経』という経題の解釈を通して、『法華経』の中を解明しようとしたもの、『法華文句』は『法華経』の本文に注釈を加えたもの、『摩訶止観』は「止観」という瞑の実践を説いたものである。

 ところで、消による布教という方法は、決して古いものではない。それが明確な形で出てくるのは法然あたりからであろう。しかし、法然の場合は数が少ない。比較的多くの消が知られるのは、親鸞である。親鸞は晩年、弟子たちを関東に残して京に上り、その間、関東の門人たちの間に様々な異義が生じた。それに対応するために、親鸞は門人たちに消を送り、正しい信仰のあり方を説いた。それらの消が後に編集されて、今日に残っているのである。
 しかし、親鸞の消日蓮の消とは、随分違うところがある。親鸞はあくまで教義上の問題について記しており、日蓮の場合のように、プライバシーにわたるような話題は取り上げられていない。また、その消は、あくまで門人たちの間で回覧されるべきものであり、特定の個人に宛てたものではない。それに対して、日蓮の消の多くは、銭やら食料やらの布施に対するお礼であり、きわめてプライベートなものである。そして、そのプライベートな情況にもとづきながら、信仰の絆が深められてゆくのである。固有を持った個人への個々の情況に応じながらの語り掛け――そこに日蓮と門弟たちとのきわめて個的な結びつきを見ることができる。


【すえき・ふみひこ】



増補 日蓮入門 現世を撃つ思想 (ちくま学芸文庫)