実力、人格、内実を基準とせよ

 さて、今はテレビ時代。このテレビとともに生きてきた世代を「“どう見えるか”の世代である」と言った人がいる。つまり何にせよ、その「内実がどうか」というよりも、「どう見えるか」を基準にしてしまう傾向が強い、というわけである。
 確かに「どう見えるか」を気にする。「どう、いい格好をしようか」「どう自分を飾ろうか」とのいは、青年たちのに強いかもしれない。もちろん、それは若い世代だけのことではない。人間の常であるといってもよい。
 また「どう見えるか」が大事な場合も世の中にはあろう。だが、信の世界だけは、「こそ大切なれ」と仰せのごとく、「が一切を決める」世界である。「一三千」の法理で、「一」つまり「」が、「三千の諸法」――一切の現象を決めていく。
 ゆえに「どう見えるか」という、自分を飾った「虚像」ではなく、自分のが「どうあるか」という、自分自身の内実、「実像」が大事なのである。
 私どもの青年時代を、現代の青年たちと、一概に比較できない面もあるが、草創の青年部は“どう見えるか”とか、外見など一切関係なかった。“創価学会とともに、どう人生を生きるか”“どう広宣流布に戦うか”との一途のいで進んできた。いわば殉教の精神であった。その決でやってきた。
 どんなに会合で上手に話をしたり、立派そうに見えても、それは成には結びつかない。信とはまったく無縁のものである。そんな格好や、表面的な姿で信が決まるものではない。
 大事なのは、その人の「」がどうかであり、一個の人間としての「振る舞い」「修行」が、どうかである(拍手)。


 それに関連して、真の「人材」とは何か、「人材」を見る基準は何か、を述べておきたい。
 それは、結論していえば「信・行・学」があるか、ないかである。社会的地位がある。有である。人気がある――そんなものは信とは関係ない。そんなことにとらわれて、人を判断しては絶対にならない。
 あくまでも「信・行・学」が深いか浅いか。「法」のため、「広布」のために、どこまで戦っているかである。もっと具体的にいえば、一人の信仰者、修行者として、現実にどれだけ「折伏・弘教」をしたか。行学に励んでいるか。新聞啓蒙などによって、信の理解を広げたか。また人々の激励にどこまで行動したか。その「力」こそが、真の広布の人材の「力」なのである。
 根本の「信・行・学」を基準として、その上でさまざまな個や特長を尊重していく。そこに社会的に活躍している人も、すべて生かされていくのである。しかし、「才能」や「学識」だけでは、広宣流布はできない。いわゆる“個的な面白さ”だけでも、法は弘まらない。広宣流布は、そんなに簡単なものではない。


 また、「人」をうまく動かす人を見て“あの人は力がある”“人材だ”という人もいる。だが、根本の「信・行・学」を無視して、要領よく「組織」や「人」を動かし、それをもって、広布の“人材”と考えることは、大いなる誤りである。そういう人は、必ずといってよいほど、「人」を「人間」として見なくなり、「組織」の上にあぐらをかくようになる。そして、みずみずしい信を失って、堕落と退転の道を歩むことになる。ゆえに「人を使う」ことだけがうまい幹部であっては絶対にならない。「組織」の長の立場にある皆さまは、この点をよくよくに刻んでいただきたい(拍手)。
 人間を、その人の人間としての実力、人格、内実以外の基準で見ていくのは、根底は「人間」をバカにしていることになる。と同じく、「人材」を「信・行・学」以外の基準を根本として見ていくのは、信法、更には学会をバカにするである。信仰者として、これは許されることではない。


 次元は異なるが、先日もお話したように、吉田松陰は「忠義の人」と「功業の人」を峻別した。これも“どうあるか”、つまり、どう革命の大義に殉ずるかと、“どう見えるか”、つまり功(手柄)を得て、どう革命の中で評価されるか、との一の違いを鋭くとらえ、叫んだのではないだろうか。この「一」の違いは、小さいようであまりに大きい。


 ともあれ、“いつか広布の時が来るだろう”と、「時を待つ」臆病の人であってはならない。
「時」はつくらなければならない。「時」は自らつくるものである。時代の「変化」に応じ、「変化」についてゆくだけでは足りない。時代に負けないで、時代の新しき「変化」をつくり出してゆく。この人こそ広布の大人材であると私は申し上げたい。


【第22回本部幹部会 1989-10-24 創価文化会館


 かつては山崎正友(元顧問弁護士)も人材だった。原島嵩(元教学部長)も同様。竹入義勝(元公明党委員長)もまた然り。


 当時を知らぬ若い聖教記者が彼等を貶(けな)しているが、「悪人は悪い」という程度の内容にとどまっていて、全く参考にならない。それどころか聖教記者は、後々反逆した彼等に、人材と目されるだけの力量があったことすら無視している。こうした姿勢によって、会長勇退が単なる“過去の歴史”として位置づけられてしまい、現在と未来に生かす視点が抜け落ちている。


 多くの幹部や議員が反逆者について証言しているが、聖教記者と大差がなく、自分達の自戒や反省は皆無といっていいだろう。


 例えば、山崎正友の野に満ちた日常的な発言、原島嵩の酒癖の悪さ、竹入義勝の宝石漁(あさ)り――こうした事実を知っていた人々は少なくなかったはずである。学会本部に進言した義憤の人もいたことだろう。だが、そのは先生のに届くことはなかった。


 学会本部にはびこる官僚主義が、彼等をして反逆させるに至ったと言ってよい。


 もしも今、学会に山崎正友がいたとすれば――私は慄然とせざるを得ない。


 この指導は実に重要な内容で、10年、20年と活動すれば身につくという代物ではない。