『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二

 これは、7000年前の人間の頭蓋骨。7000年前っていうと、像もできないくらい遠い昔の話だよね。古代文明、たとえばメソポタミア文明エジプト文明はいかまら4000年から5000年前のことでしょ。それよりももっと昔の人の頭蓋骨。
 この頭蓋骨の上の方の2箇所がへこんでいるのがわかる? これ、手術した跡なんだよ。なんで手術した跡とわかるかっていうと、いちど頭蓋骨を開けると、その穴を開けた部分の骨はもちろんなくなるよね。でも、この写真では、まわりの骨細胞が増殖して穴が埋められているんだ。
 もし事故や武器なんかで、脳を打って死んじゃった人の頭蓋骨だったら、ただここに穴が開いているだけだよね? だって、死んじゃったら増殖できないから。そうじゃなくて、これは手術して、しかもそれがちゃんと成功している跡なんだ。手術の後ちゃんと生きた。少なくとも頭蓋骨が再生するまではこの人は生きていた。

 ちょっと人間のケースで考えてみようか。交通事故で手を失ってしまった人が、義手をする。その人の体の一部は生身じゃない。その場合、その人はその人のままであり続けるか。もちろん「私は私」だよね。さらに足までが義足になったとしても、「私は私」。臓が人口臓に変わっても「私は私」だよね。
 そうやって、少しずつ体の部分を取り替えていったら、どこまで変えたら「私は私」じゃなくなるとう? たとえば顔を整形して見かけが別人になったら私じゃない? はもう自分ではなくなっちゃう?

 そこに電気を流して神経を活発化させるとものすごく気持ちいい場所、というのがある。
 それを知ったネズミは、自分でレバーを押して電流を流せるようになるから、自分の快をコントロールできる。そうすると、もう水も飲まない、餌も食べない、ずっとレバーを押し続ける。気持ちいいんだろうね。それで結果的にどうなるか? レバーを押し続けて死んじゃうんだ。そのくらい快じる場所があるというのは驚きでしょ。それで、その場所を〈報酬系〉と呼ぶようになったんだ。

「右側のヒゲが触られたな」とったときに、ネズミが右側に動く。すると報酬系が刺激されるようなリモコンをつくっておく。逆に、「左側のヒゲに何かが触ったな」とネズミがじて左側に動くと報酬系が刺激されて報酬が得られる。
 そうなると、ネズミは近くにもうどんなに美味しいご馳走があろうとも水があろうとも、全部無視。いまヒゲがじた方向に移動することだけを実行する。その〈報酬〉の快楽を一回知ってしまったらもう逃れられない。
 どんなに傾斜が急で危ない階段であろうと、どんなに幅の狭い高架橋であろうと――ネズミはそういう場所が嫌いなんだけど――、歩かされてしまうんだ。

 レバーを押したら水が出ることを知っているネズミに手術を施して、脳に電極を埋める。そして、ネズミが「レバーを押す」という行動中の脳の反応を検出して、それがあったらレバーとは関係なしに水が出るようにしておくんだ。レバーもまだ置いてあるんだけど、もうレバーは関係ない。レバーを押しても水は出ない。
 ネズミは最初、レバーを押して水を飲んでいたけど、レバーを押さなくても、レバーを押したふり、と言うか、押そうと像しただけで水が出る。そのことにネズミが気づくと、このネズミはレバーを押さずに力だけで水が飲めるようになった。これがワンステップ。1999年の論文に出ている例。

 で、こうして収集したデータを、次にロボットアームに直接つなぐ。そうすると、ロボットアームはその通りに動く。この場合は、サルはジョイスティックを使ってコントロールしているんじゃなくて、自分の神経細胞の活動から記録されたデータに基づいてロボットアームの動きを再現しているんだ。
 ということは、サルはジョイスティックを握って操縦している気でいるのかもしれないけど、本当はジョイスティックを経ずに、ロボットアームを脳から直接に遠隔操作していることになる。
 さらに、この実験の後で、実験者はサルの手を動かないように縛っちゃった。それでもサルは、巧みにロボットアームを操ることができた。これが、2003年の後半に出た論文の内容。

 ということは、いまや志という実体のなかったものが、はじめてこうやって目に見える形となったわけ。電気信号としての志がまさにここにデータとして存在してる。身体の外側にね。そうやって考えてみると、この実験、なかなかすごいことをやってるでしょ。そんなところがいまの脳科学の最前線なんだ。

 ということは、ここでに留めてほしいんだけど、さっきみんなに示した「脳の地図」は、じつはかなりの部分で後天的なものだってことだね。言ってみれば、脳の地図は脳が決めているのではなくて身体が決めている、というわけだ。

 あるときは識してる。普段は全然識してないけど、識して止めようとえば止められるでしょ。そういう味では「呼吸」という行動はちょうど識と無識の境目にある不議な行動だ。

 網膜から出て脳に向かう視神経の本数はどのぐらいあるとう? 100万本もあるんだ。片目だけでね。100万本ってすごい数だよ。

陸上競技の100メートル走の記録は)何で小数点第2位までしか表示しないのか。小数点第1位でもいいし、小数点第3位まで、つまり1000分の1の位でもいいじゃない。なんで100分の1秒なんだろう。


 ――それ以下はわからない。


 そうなの。人間の脳にとってそれ以下の差は同時なんだよ。たしかに精巧な時計を使えば1000分の1秒単位くらい簡単に測れるんだけど、でも、人間にとって100分の1より小さい違いなんて味がないわけ。脳にとって10ミリ秒でもう十分に同時っていう味なんだ。

 もっと言っちゃうとね、文字を読んだり、人の話した言葉を理解したり、そういうより高度な機能が関わってくると、もっともっと処理に時間がかかる。文字や言葉が目やに入ってきてから、ちゃんと情報処理ができるまでに、すくなくとも0.1秒、通常0.5秒くらいかかると言われている。
 だから、いまこうやって世の中がきみらの前に存在しているでしょ。僕がしゃべったことを聞いて理解しているでしょ。自分がまさに〈いま〉に生きているような気がするじゃない? だけど、それはウソで、〈いま〉とじている時間は0.5秒前の世界なんだ。つまり、人間は過去に生きていることになるんだ。人生、後ろ向きなんだね(笑)。

 言ってることわかるかな? 順番が逆だということ。世界があって、それを見るために目を発達させたんじゃなくて、目ができたから世界が世界としてはじめて味を持った。

 でも、実際の人間の目は、世の中に存在する電磁波の、ほんの限られた波長しか知できない。だから、本来限られた情報だけなのに「見えている世間がすべて」だとい込んでいる方が、むしろおかしな話でしょ。

 ――「こわい」という情は動物は持ってないんですか。


 僕が像するに、たぶん持っている。ただ、情の多くは、つまりクオリアの多くは言葉の産物だろうから、人間ほど豊かな情は持っていないはず。

 リンゴって一個一個形が違うけど、どれも〈リンゴ〉ってわかるでしょ。まさか、世の中に存在するすべての〈リンゴ〉のパターンが脳の中に完璧に準備されていて、そのつど目の前にある現実の〈リンゴ〉と照合しながら判断しているわけじゃない。世の中のリングは多すぎる。むしろ、脳のなかにはきっとリンゴのモデル(理のリンゴ)があって、ある最低の条件を満たせば、いま見ているものをリンゴだと判断できるようになっているんだとう。
 この図形なんか典型的な例だね。六つの点の正確な位置関係を暗記するんじゃなくて、〈6個の点からなる正三角形〉みたいな覚え方で記憶するわけだ。
 だけど、おもしろいことに、この絵を鳥に見せるとね、そう、鳥というのは記憶力がすごいんだよ。写真のように覚える。だから、鳥にとって、この三角形はいつまでも正三角形とは違う図形なんだ。
 動物相手にしているとわかるんだけど、下等な動物ほど記憶が正確でね、つまり融通が利かない。しかも一回覚えた記憶がなかなか消えない。「雀百まで踊り忘れず」という言葉もあって、うわぁ、すごい記憶力だな……と、一瞬尊敬に近い気持ちも生まれるかもしれないけど、そういう記憶は基本的に役に立たないとってもらったほうがいい。だって、応用が利かないんだから。

 脳はそれ(新陳代謝)を排除しているんだよ。入れ替わらないように、つまり自分がいつまでも自分であり続けるために神経細胞の細胞は増殖しないんだ。だって「自分を生み出す脳」まで入れ替わっちゃったら自分じゃなくなっちゃうじゃん。

 まあ、実際、神経細胞ふたつ集まった集団ぐらいまでだったらわかるのね。神経細胞がもう1個つながっている状態を考えればいいわけで、ふたつぐらいまでだったらどう活動するかは理解できる。
 でも、世の中に「三体問題」という問題があるの知ってる? ……学校では習ってないか。「ニュートンの力学方程式」ってあるでしょ――加速度がどうのこうのというやつ、あれはすごく万能で、いろんなことを記述できる。ものの落下とか、投げたものがどこに落ちるとか、そういう日常の現象から、宇宙の天体の運行までも記述できる。でも、じつはけっこう簡単なことがわからないんだよ。(中略)
 こういう「解けない」っていう話が最初に出てきたのは、天体の運動からなんだ。太陽のまわりを地球が回っているよね。これは簡単にわかる。でも、地球のまわりにはが回っているよね。そうすると、全体としてのこの三つの天体がどう運動するのかが予測できないんだ。食が何年後に起こるとか、そのぐらいのレベルでは予測できるんだけど、でも式で書いてもそれが完全には解けない。物体がふたつだったら解けるけど、三つになったら急に解けなくなっちゃう。これを「三体問題」と言うんだ。
 神経でもこれは似ていて、ひとつだったら何とかわかる。ふたつでもかろうじて実験できる。でも、三つになると何が起こるかもう予測できない。強引にやれば近似の方程式はつくれるかもしれないけれども、でもやっぱり何が起こるかはやってみなきゃわからないってわけだ。

 その一方で、神経だけを見てても何もわからないぞ、という話もしたね。神経は1個では何もできなくて、むしろ互いに連絡を取り合ってはじめて機能できるということ。
 単独で何もできなくて、集団になってはじめて行動する。ということは〈相互作用〉が重要だということ。だから、互いに連絡を取り合うときの、そのつながりの強度が重要。つまり、神経の回路〈ネットワーク〉がどういう〈形〉をしているかが、脳の情報処理の重要なファクターになってくる。

 フィードバックというのは、一方通行だった情報の流れが、枝分かれして、前のほうに戻されたり、逆流したりする回路だ。こうなると、単純な一方通行とは違うやり方で情報が処理されるようになるよね。
 一対一じゃない情報の伝達を支える仕組み、そう、脳のような複雑な装置に絶対に必要な条件が「フィードバック」ってわけ。日本語だと「反回回路」と言うんだけど、こうした情報が「行ったり来たり」する回転が最低限必要なの。それによって情報を分解したり、変調したり、統合したりできるってわけ。情報のループを描かないとブラックボックスはワンパターンの出力しかできない。(脳内の1個の神経は1万個の神経に情報を送っている)




 いま人間のしていることは自然淘汰の原理に反している。いわば〈逆進化〉だよ。現代の医療技術がなければ排除されてしまっていた遺伝子を人間は保存している。この味で人間はもはや進化を止めたと言っていい。
 その代わり人類は何をやっているかというと、自分自身の体ではなくて「環境」を進化させているんだ。従来は、環境が変化したら、環境に合わせて動物自体が変わってきた。でも、いまの人間は遺伝子的な進化を止めて、逆に環境を支配して、それを自分に合わせて変えている。車椅子とか義手をつくるなどというのはわかりやすい例だよね。


進化しすぎた脳 (ブル-バックス)