『〈狐〉が選んだ入門書』山村修


〉こと山村修氏の遺作となった。享年56歳。新しい文はもう読めない。

 私のいう入門書はちがいます。むろんある分野やことがらを対象にして、一般の読書人向きに書かれた本ではあります。あくまでも平明な文章でつらぬかれた本でなければいけません。しかし右のように、何か高みにあるものをめざすための手助けとして、階段として書かれた本ではありません。
 そうではなく、むしろそれ自体、一個の作品である。ある分野を学ぶための補助としてあるのではなく、その本そのものに、すでに一つの文章世界が自律的に開かれている。いがけない発見にみち、読書のよろこびにみちている。私が究極の読みものというとき、それはそのような本を指しています。そして、そのようにいえる本が、さがしてみれば、じつは入門書のなかに外に多いのです。
 もちろん手引書であってもいいのです。もしも階段そのものが美しく、かつ堅牢につくられていれば、それもまた一つのりっぱな作品です。

〈だが突然、私は読書のことを考えた。読書がもたらしてくれるあの微妙・繊細な幸福のことを。それで充分だった、歳を経ても鈍ることのない喜び、あの洗練された、せざる悪徳、エゴイストで清澄な、しかも永続するあの陶酔があれば、それで充分だった〉
(『罰せられざる悪徳・読書ヴァレリーラルボー岩崎力訳)

 武藤康史1958年生まれ。文芸評論家ですが、私はそのを、はじめは安原顕編集の「マリ・クレール」や蓮實重彦編集の「リュミエール」などに載った書評文の筆者として知りました。なんて魅力的な文章を書く人だろうと嘆したものです。
 ゆたかな学殖のためでしょう、どんなにみじかい一文にも、かならず創見がふくまれている。あえて古めかしいことばやいいまわしを忍び込ませ、それを厭みでなく、かえって新鮮に、おもしろくひびかせる。武藤康史は学殖のひと、文章のひとです。

 かつて作家の橋本治が敬語について書いているのを読み、ふかく納得させられたことがあります。敬語とは、人と人との距離を確保するためにつかうものである。ときには厭な相手を遠ざけるためのものである。つまり他人が「へんな風に」侵入してこないように戸締まりをするための言葉が敬語だ。橋本治はそう書いていました。
 敬語とは「距離」だ。この人の書いたもののうち、私はその指摘がいちばん好きです。

 敬語というものが、橋本治のいうように、人と人とのあいだの「適切な距離」を守り、保障してくれるものだとすれば、敬語がこわれることは「距離」がこわれることになります。たしかに一大事。

 哲学者の西田幾多郎が、京都大学退職のおり、「回顧すれば、私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである」と語っています。

 私はここに、ともかく手当たりしだいに濫読せよとすすめる評論家たち(たくさんいます)の無責任さとは画然とちがう、読者に対する誠実さをじます。藤井貞和のいうように、手にふれるものを何でも自由に読もうというのは「放恣(ほうし)」であって「自由」ではなく、「秩序のない乱読は乱雑な文化人を作りだすだけ」なのです。

 国文学者の久保田淳と歌人俵万智との対談(久保田淳座談集『心あひの風』所収、笠間書院)を読んでいて、なるほどやっぱりそうか――とったことがあります。詩歌というものは暗記すべきものだ、ということです。俵万智は師である佐佐木幸綱から、人の歌を批評するときは「ぴたっと頭から最後まで」きちんと引用しなくてはいけない、うろ覚えで言ってはいけないと教えられたそうです。久保田淳も、「(歌は)からだで覚えなくてはいけないといます」と語っていました。

 窪田空穂『現代文の鑑賞と批評』を読んでいると、あるものを鉛筆を手にして描きながら見るのと、鉛筆を手にしないで見るのとでは、まったくちがうというポール・ヴァレリーの文章(『ドガに就て吉田健一訳、筑摩書房)をい出します。
 いかに見なれたものでも、いざ鉛筆をもって素描しようとすると、それは必ず、いままで知らないでいた相貌をあらわす。「志して見ること」は、自分がすでに見ていて、よく知っているとっていたものを著しく変換せずにはおかない。たとえば「親しい女友だちの鼻の形」も、志して見るのでなければ、まったく知らずにいるのとおなじである、とヴァレリーはすこしばかりユーモアもまじえて書いています。

 歴史を考えるとき、モンゴルのように、それまで周縁的としかわれてこなかったもの、むしろ排除されてきたものを軸として、歴史の見かたをガラリと転回させることができる。『世界史の誕生』を読み、私はそのことに動するのです。史料の徹底的な探索をもとに、だれもいもしなかった方向へ歴史イメージをかえてしまう。地道な学問的努力と、史的像力の切っ先のするどさにを打たれるのです。

 じっさい、自伝的歴史エッセー『絶望の精神史』を読んでいると、金子光晴がたえず「世相の変転相」をみつめて、否、にらみつけて、目をそらすことがないのをじさせられます。それをもっとも象徴的にしめすのは、この一冊の山場ともいえる関東大震災をめぐるくだりでしょう。(中略)
 金子光晴の真骨頂は、そうした「世相」のさらに向こうに、人々をおそった測りがたい失墜を見通し、きっかりと明晰な理知で分析するところにあります。

 たとえその頃岩田靖夫の懇切な文章があって、読むことができたとしても、さまざまな人間的・社会的な関係の渦のなかに放りこまれて生きることがなければ、とうていそこに書かれていることは理解の外だったといます。
 おそらく年をとるうち、つまりは関係のなかで生きるうちに、はじめてついてくる筋肉というものがある。的な筋肉です。

 そこで著者はケネス・クラークの「レオナルド・ダ・ヴィンチ論」を引きつつ、レオナルドが水に興味をしぼりこんだ最大の要因は、水のもとプリンシブル・コンティニュイティ、すなわち連続の原理であると書いています。水は大地をすりへらし、土を海に運び、蒸発してさらに昇り、雨が雲から降りそそぎ、降った雨が山をくずし、町を埋め、また海へと流れ、ふたたびまた太陽の熱によって雲のなかへと吸い上げられる。そうした水こそ「自然の推進者」であり、「連続的なエネルギーの体現者」であって、まさしくそこにレオナルドがとりつかれたいわれがある、と。



“狐”が選んだ入門書 (ちくま新書)