報恩抄を思索する 読者からの指摘

1.「法の流布における勝劣=教の深さ」


 これは文脈を少々読み違えていらっしゃるようにいます。

 世末になれば人の智はあさく教はふかくなる(328頁)


 天台は戒定の三学のうち、一代超過の円定・円は漢土に流布したが、戒は小乗のまま(未解決)でした。そこに伝教が「円頓の戒壇」をプラスしてバージョンアップさせたことを指しているといます。


 以下は「天台が像法に法華経の実義を広宣流布したのではないか?」との問いへの大聖人の回答の一部で、「まして像法の時代故、広宣流布の時ではない」という記述の前にある一節ですが、


「正法一千年と像法の前四百年、已上仏滅後一千四百余年に、いまだ論師の弘通し給はざる、一代超過の円定・円を漢土に弘通し給うのみならず、其の(な)月氏までもきこえぬ。法華経広宣流布にはにたれども、いまだ円頓の戒壇を立てられず。小乗威儀(※注)をもつて円の・定に切りつけるは、すこし便なきににたり。例せば日輪の蝕するがごとし、輪のかけたるににた
り」(「報恩抄」270頁)


(※注)威儀:礼式にかなった重々しい動作や作法をいい、また教では規律に叶った起居動作で、戒律上の細かな作法としての四威儀(行住坐臥)や三千威儀等のに使われる。「下山御消」には「爰に両火房と申す法師あり……二百五十戒を堅く持ち三千の威儀をとゝのへたり」(349頁)とあり、極楽寺良観に関して記されている。→戒律。四威儀


 ご存じの通り大聖人は更に、この従来成に不可欠とされた「戒定の三学」という教の鉄則をブチ壊してしまいました。「四信五品抄」に詳しいです。このことを戸田先生は「大聖人様は型を破っちゃった、『困ったら南無妙法蓮華経といえ、それでいいんだ』」という風に仰ってたといます。


 これってバージョンアップのように見えて、実は「信仰にとって一番大事なコトはなんなのか」っていう、ブッダの説いた法の核に迫るというか、ピュアライゼーションじゃないかっています。実際、法華経の本門迹門に関係なく、その底流に流れているように最近強くじてます。

2.「教」とは、「時代と社会を変革する運動」


 これは全く同です。


 同じく「撰時抄」の一節ですが、

 如来の教法は必ず機に随うという事は世間の学者の存知なり。しかれども教はしからず。上根上智の人のために必ず大法を説くならば、初成道の時なんぞ法華経をとかせ給はざる。正法の先五百余年に大乗経を弘通すべし。有縁の人に大法を説かせ給うならば、浄飯大王・摩耶夫人に観三昧経・摩耶経をとくべからず。無縁の悪人・謗法の者に秘法をあたえずば、覚徳比丘は無量の破戒の者に涅槃経をさづくべからず。不軽菩薩は誹謗の四衆に向つて、いかに法華経をば弘通せさせ給いしぞ。されば機に随つて法を説くと申すは大なる僻見なり。(267頁)


ブッダの説いた法も、大聖人が「大事の法門申すべし」と言われた「法門」も、もともと、いま目前にある危機をどう乗り越えるかということを説かれもので、その中に普遍のある「法」が内在しているゆえに、後年多くの人を惹きつけ触発し、「経」として編纂(へんさん)されていったのでしょう。


【fwik氏より】