第三代会長就任直前、体重は50キロを切った

 戸田の三回忌(昭和35年42日)が近づいたある日、幹部たちは話し合い、戸田の三回忌が終わったら、池田に会長就任を要請することを決めた。
 しかし、「いやで仕方がなかった」という池田は、要請をかたくなに断わり続けた。一方、幹部たちもくり返し会長就任を懇願する。この間に、池田は10キロ以上も体重を減らし、50キロを切るほどにやせ細った。池田が50キロをきった(ママ)のは、戸田との闘が続いた昭和25年と、この時の二度だけである。葛藤と逡巡は、それほど激しいものだった。会長就任が決まった414日、池田は「万事休す」と日記に記した。


【『池田大作 行動と軌跡』前原政之中央公論新社2006年)】


池田大作 行動と軌跡