パンを買う金と株を買う金は異なる

「私が読んだあらゆる経済理論も、原料はそれが作過程に入って初めて経済的要因とみなされます。換言すると、地中に眠る原油はまだ経済的要因とみなされていないわけです。熱帯雨林は、それだけではまだ経済的要因ではありません。伐採され、製材されて初めて経済的要因となります。ここで問われるべきは、私たちはあたかも短期的利潤のために、おのれの畑を荒らし、土壌を不毛にしている農夫と同じことをしているのではないかということです。私たちは世界の自然資源が、資源の段階ですでに経済的要因であり、養い育てられなくてはならないことを学ばなくてはなりません。現在大きな利を得ているのは、非良的な行動をする人たちで、件(くだん)の農夫のように短期的利潤のために、土地を破壊するような行動が利を得るのです。4年に一度は畑を休ませ、化学肥料を使わず、自然の水利を浸かってという責任の強い農夫は経済的に不利になるのです。つまり、非良的な行動が褒美(ほうび)を受け、良的に行動すると経済的に破滅するのがいまの経済システムです。この経済システムは、それ自体が非倫理的です。私の考えでは、その原因は今日の貨幣、つまり好きなだけ増やすことができる紙幣がいまだに仕事や物的価値の等価代償とみなされている錯誤にあります。これはとうの昔にそうでなくなっています。貨幣は一人歩きしているのです。
 重要なポイントは、パン屋でパンを買う購入代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金は、二つの異なる種類のお金であるという認識です。大規模資本としてのお金は、通常マネジャーが管理して最大の利潤を生むように投資されます。そうして資本は増え、成長します。とくに先進国の資本はとどまるところを知らぬかのように増えつづけ、そして世界の5分の4はますます貧しくなっていきます。というのもこの成長は無からくるのではなく、どっかがその犠牲になっているからです」


【『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳〈かわむら・あつのり〉、グループ現代(NHK出版、2000年)】


エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと (講談社プラスアルファ文庫)