日妙聖人御書

 然れども法華経に対しまいらすれば妄語のごとし綺語のごとし悪口のごとし両舌のごとし、此の御経こそ実語の中の実語にて候へ(1217頁)


 爾前教と法華経とを相対された御指南。言論の真実、論理の整合、普遍的な実証をも示唆しているとじる。ウェブ上には悪の塊(かたまり)みたいな言葉が氾濫(はんらん)している。言葉は己から発せられた瞬間に、その人の考を方向づける。古(いにしえ)の人々はそれを「言霊」(ことだま)と称したのだろう。考は言葉によってなされる。すなわち言葉は脳を縛る。虚言に翻弄される人には、虚言を受け容れる土壌がある。「嘘つきは泥棒の始まり」という。嘘に対して鈍は、やがては犯罪をも容認する。他人の物を盗み取っても罪悪を覚えなくなる。組織利用を働く者に共通しているのは「病的なまでの虚言癖」である。嘘を見抜けない人は結果的に組織利用の片棒を担ぐ羽目になる。人がいいだけでは指導者の資格がない。妄語、綺語、悪口、両舌を瞬時に見破り、論破に論破を加えて鉄槌(てっつい)を下せる人のみが後輩を守れるのだ。