ルネサンスの残酷ぶり

 この迷信と残虐の魔女旋風が、中世前期の暗黒時代においてではなく、合理主義とヒューマニズムの旗色あざやかなルネサンスの最盛期において吹きまくったということ、しかもこの旋風の目の中に立ってこれを煽りたてた人たちが、無知蒙昧な町民百姓ではなく、歴代の法皇、国王、貴族、当代一流の大学者、裁判官、文化人であったということ、そしていまひとつ、魔女は久遠の昔から、どこの世界にもいたにもかかわらず、このように教会や国家その他の公的権威と権力とが全国的に網の目を張りめぐらしこの上なく組織的な魔女裁判によって魔女狩りが行なわれたのはキリスト教国以外にはなく、かつ、この時期(1600年をピークとする前後3〜4世紀)に限られていたということ、――これはきわめて特徴的な事実ではあるまいか。
 魔女裁判の本質は、結局、この「地域」と「時期」との関連の中にある。


【『魔女狩り森島恒雄岩波新書1970年)】


魔女狩り (岩波新書)