佛とは人非人の意

 こうした姿勢をもっともよく表すことばに「捨」(しゃ/ウペッカー、ウペークシャー)というものがあります。「無関心」という意味です。したがって、それは、「非人情」ということでもあるのです。釈迦はいいます。親や妻や子や朋友になずむな、と。
「仏」(正字で「佛」)という漢訳後は、「ブッダ」の音を写すために、漢訳にさいして新たに作字されたものです。しかし、じつは、音が写されているだけでなく、巧みに意味もそこに盛り込まれているのです。
 人偏はもちろん「人」のことです。「弗」というのは「非」と同義です。したがって、漢訳者たちは、目覚めた人、ブッダを、つまりは釈迦を「人に非(あら)ず」と解釈したのです。漢訳者たちは、「超人」という意味をまず第一に考えたのでしょうが、それだけではなく、「人でなし」「非人情」という意味をも考えたに違いありません。


【『仏教の謎を解く』宮元啓一(鈴木出版、2005年)】


 仏教が西洋でニヒリズムと受け止められたことには、また別な理由がある。後日、紹介する予定。尚、宮元の考えでは「人非人」となっているが、私の解釈では「非ずの人」と読む。ブッダは既成概念、社会通念を徹底的に批判し抜いた人であったからだ。


仏教の謎を解く