瞑想と祈り

 これに関連して、声を出して数える場合と、声を出さない場合とでは、脳の活動に違いがあるかどうかを調べる実験も行なわれている。実験の結果、声が出ている場合には、主として運動野の活動が増大し、声が出ていない場合には、注意連合野の活動が増大していることが明らかになった。前者の結果は、舌、唇、口の運動を反映していると考えられ、注意連合野の活動が高まるのは、運動をともなわずに精神を集中させているときであることが分かる。
 注意連合野が各種のスピリチュアル体験に重要な関与をしていることは、多くの研究者によって指摘されている。複数の脳画像研究により、一定の瞑想状態にある人々の脳では、注意連合野の活動が高まっていることが確認されている。その他の研究からも、被験者がさまざまな方法で注意を持続させているとき、脳電図(EEG)に記録される前頭葉の電気的活動に変化が見られることや、その変化は、座禅をしている人々で特に大きいことなどが分かっている。


【『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース/茂木健一郎訳(PHP研究所2003年)】


 日蓮はなぜ瞑想ではなく唱題行を説いたのか? これも手が入っていない研究分野である。経典の採用と合わせて思索が必要。また、誦(じゅ)の題目が予想以上に重要なのかもしれない。


脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス