安定志向は〈私〉に執着する

K――そのように、人間は生物的、物質的安定よりも心理的安定の方により重きを置いてきたのです。


B――しかし、なぜ彼がそのように自らを欺くのかがはっきりしませんね。


K――自らを欺いてきたのは、いったいなぜでしょうか。


S――イメージ、力。


K――いや、それよりずっと根深いのです。なぜ人間は心理的安定に重きを置いてきたのでしょうか。


S――われわれは、それが安定のあり場所だと考えているようです。


K――いや、それをさらに調べてごらんなさい。〈私〉が最も重要です。


S――なるほど。それは同じことです。


K――いや、〈私〉です。私の地位、私の幸福、私の金銭、私の家、私の妻――〈私〉です。


B――〈私〉。そうです。そして各々が、自分は全体の精髄(エッセンス)だと感じているのではないでしょうか。〈私〉が、まさに全体の精髄なのです。もし〈私〉がなくなったら、あとは無意味になってしまうだろうと感ずることでしょう。


K――それが、要点のすべてです。〈私〉は私に完全な安定を与えてくれるのです。心理的に。


B――それが最も重要に思われるのです。もちろん。


S――最も重要なのです。


B――そうです。人々は、もし自分がみじめなら、全世界が無意味だと言うのです。違いますか。


S――それだけではありません。〈私〉が最も重要なら、私はみじめです。


K――いや。〈私〉のなかに最大の安定がある、とわれわれは思いこんでいるのです。


S――たしかに、それがわれわれの考え方です。


K――いや、われわれの考えていることではなく、事実そうなのです。


B――事実そうだとは、どういう意味ですか。


K――それがいま世界で起こっていることだからです。


B――それが、まさに起こっていることです。しかしそれは思い違いです。


K――そのことはあとで触れるでしょう。


S――それは良い着眼点だと思います。たしかに、〈私〉【こそ】が重要だということ――私はこの把握の仕方が気に入りました――。これは事実そのとおりです。それが万事です。


K――心理的に。


B――心理的に。


S――心理的に。


K――〈私〉、私の国、私の神、私の家。


S――あなたの言わんとするところがわかりました。


【『生の全体性』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ/大野純一、聖真一郎〈ひじり・しんいちろう〉(平河出版社、1986年)】



生の全体性