奴隷が自由を手に入れた瞬間

 ある日のこと、わたしは外で牝牛の乳をしぼっていました。デイヴさんが、畑に入ってきました。かれは、手に一枚の新聞をもっていました。「聞けよ、トム」と、かれは言いました。「これから読んでやることをようく聞けよ」。そう言うとデイヴさんは、声を出してその新聞をよ(ママ)んでくれながら、わたしはもう自由なんだと教えてくれたんです。そのときのわたしの気持は、これはもうおわかりになりますまい。「からかっているんでしょ」と、わたしは言いました。「いや、そうじゃないんだよ」と、かれは言うのです。「おまえは自由なんだよ」。「馬鹿な」と、わたしは言いました。「冗談ですよ」。「冗談なもんか」と、かれは言うのです。「いま、わしが読んでやったのは、法律なんだぞ。さあ、もう一度読んでやるから、よく聞くんだ」。
 だが、それでも、デイヴさんの言うことを、わたしは信じようとはしませんでした。「じゃ、旦那の家へいってみることだな」と、かれは言いました。「ロビンソンさんの奥さんに聞いてみな。そうすりゃ、わかるさ」。それで、わたしは出かけていきました。「冗談なんでしょ」と、わたしはロビンソンさんの奥さんに聞いてみました。「旦那さまが嘘をつかれたことがあるというの?」と、奥さんは言いました。「いいえ」と、わたしはこたえました。「いちどもありません」。「そうさね」と、奥さんは言いました。「戦争が終わったんだよ。で、おまえは自由なんだよ」。そのときはもう、わたしは、たぶん奥さんは本当のことを言ってるんだと思いました。「ロビンソンの奥さま」と、わたしは言いました。「スミスさんとこの連中に会いに出かけてかまわないでしょうか?」近くに黒人の家族が住んでいたんです。「わかってないのね」と、奥さんは言いました。「あんたは自由なんですよ。どうしようと、わたしに聞くことはないんだよ。行きなさい」。それでわたしは出かけました。どうしてスミスさんのところへ行ってみようとしたか、おわかりでしょうか? かれらも自由なのかどうか、知りたかったんです。どうしても、話をすっかり真に受けることが、わたしにはできなかったんです。わたしたちは、みんな同じように自由なんだ、とは信じることができなかったんです。
 わたしが幸(ママ)だったかですって? どんなものを例にとってもいいですよ。たとえどんなに何かによくしてやったところで、やっぱり、そいつは自由でありたいと思うでしょう。いい待遇をしてやり、十分に食べさせてやり、欲しがっているらしいものは何なりと与えてやったにしても、それだけじゃ駄目なんです、──檻を開けてやってはじめて──そいつは、幸なんですね。(トム・ロビンソン 国会図書館


【『奴隷とは』ジュリアス・レスター:木島始〈きじま・はじめ〉、黄寅秀〈ファンインスウ〉訳(岩波新書、1970年)】


奴隷とは